人間とテクノロジー

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バーチャルリアリティ(VR)ってなんだ?

 バーチャルリアリティ(VR)の市場が立ち上がりつつあり、今年はVR元年とも言われる。Oculus、サムスンのGear VR、プレイステーションVRといったコンシューマー向けのヘッドマウントディスプレイ(HMD)が登場し、ベンチャー企業を中心としてアプリ開発やコンテンツ作成が活発だ。主にゲーム向けだが、ライフスタイルやヘルスケア分野にもさらに拡がっていくと期待されている。

 VRというと、HMDを着けて没入感の高い映像体験を楽しむものが多い。VRとは本来何なのだろうか。

 日本バーチャルリアリティ学会という学会がある。アカデミアで語られ共有されているVRは、必ずしもVRビジネスと同じではない。

 VR第一人者で東大名誉教授の舘先生の「バーチャルリアリティ入門」(ちくま新書)にはこうある。

 バーチャル(virtual)とは(中略)「みかけや形は原物そのものではないが、本質的あるいは効果としては現実であり原物であること」であり、これはそのままバーチャルリアリティの定義を与えているのである。あえて簡単に言えば「現実のエッセンス」がバーチャルリアリティであるから「抽出された現実」とも言い換えられる。

 さらに舘先生は、バーチャルリアリティのシステムをつくるにあたっての三要素として「三次元の空間性」「実時間の相互作用」「自己投射性」を挙げる。

 コンピュータの生成する人工環境が、(1)人間にとって自然な3次元空間を構成しており、(2)人間がその中で、環境との実時間の相互作用をしながら自由にでき、(3)その環境と使用している人間と環境とがシームレスになっていて環境に入り込んだ状態が作られているということである。

 アカデミアの話をしてきたが、もともとVRという言葉そのものはビジネスに端を発する。バーチャルリアリティ(VR)と言う言葉は、アメリカのVPL Researchというベンチャー企業が1989年に発表したデータグローブ、アイフォンという製品紹介として同社ファウンダーでコンピュータ科学者、音楽家のジャロン・ラニアーによって1989年に初めて使われた。

 アカデミアではその翌年、マサチューセッツ工科大学が中心となり、「等身大で三次元空間をインタラクティブに扱うことができる」研究を行っている世界中の様々な分野の研究者に呼びかけ、サンタバーバラ会議を開いた。それまで、artificial reality、telexistence、cyberspaceなどと様々な呼び方があったその分野を、バーチャルリアリティと呼ぶことが合意され、その後バーチャルリアリティ研究として発展していった。

 もっとも、VRという言葉ができる前からもVRに相当する研究は行われており、主に軍事技術を中心に発展した。アイバン・サザランドが世界初のHMDのアイデアを提唱したのは1968年だったが、それはパイロットのシミュレーターとして開発された。

 それ以降、VRは工学、心理学、認知科学、医学、芸術、と幅広い分野をまたぐが、テクノロジーとして工学に根ざして発展してきた。

 HMDを使ってコンピュータの中に没入することは一般に広がりつつある。だがそれはVRのひとつの方法にすぎない。

 舘先生の弟子で触覚技術を作っている南澤さんは、触覚を含み身体性を拡張する次のVRを展望している。舘先生とともにVR研究黎明期を築いてきた廣瀬先生の弟子の鳴海さんは、心理学や認知科学の知見を反映させたインターフェイスをつくっている。

 「現実のエッセンス」をつくろうとする、「設計する人たち」工学者の営みが、環境を再現する方向から、どんどん人間に寄り添い、人間を探求し活かす方向に向かっているのがおもしろいが、それは必然なのかもしれない。