科技メモ

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「炎上」して好循環が生まれた、人工知能学会誌表紙問題

 前回の続きで、「炎上」によってテクノロジー、研究が良い方向へ向かうサイクルの話。意図せずして議論を呼び「炎上」し、研究者自身が変容し、新しい物事が始まり、結果的に研究者にとっても社会にとってもよい循環に入ったという事例に、人工知能学会誌の「表紙問題」がある。

 人工知能学会は、主に情報系の研究者からなる研究者コミュニティだ。人工知能ブームに突入しつつあった2013年末、人工知能学会は学会誌をより一般の人にも読んでもらえるようにとリニューアルした。2014年1月号から学会誌名を「人工知能」と改め、表紙には女性ロボットが掃除をしているという、柔らかいトーンのイラストを使った。

 「学会誌名の変更と新しい表紙デザインのお知らせ」からは、学会誌の編集委員長の松尾さんと副委員長の栗原さんの、人工知能を社会に伝えたいという意気込みと熱い思いが感じられる。

 ところが、これがネットで炎上した。ジェンダー問題で、差別だなどとして批判された。

 もちろん、学会側には差別の意図はない。むしろ、無自覚だっただけなのだと推察できる。炎上を受けてすぐに、「「人工知能」の表紙に対する意見や議論に関して」としたコメントを出している。

 また、その後松尾さんが委員長となり倫理委員会を設立して、人工知能と社会についての議論を続けている(ちなみに私は昨年から倫理委員の末席に加えていただいている)。

 というのが学会側としてのメインの流れなのだが、おもしろいのはオルタナティブな動きだ。

 それが、科学技術社会論が専門の研究者、エマちゃんたちが始めた、「人工知能が浸透する社会を考える(AIR)」だ。AIRについてのエマちゃんのインタビューは去年記事を書いたので、詳細は省くが、理系文系問わず分野横断の若手研究者たちがわいわいと集まって議論する中で、共同研究をしよう、何を研究するかから作っていこうとなり、その活動が続いている。

 オルタナティブだったエマちゃんたちのAIRは、今やメインストリームになりつつある。総務省の検討会や、文科省系ファンディング機関JSTの新しいファンディングプログラムの検討など、人工知能研究の枠組みをつくる国のメインの流れの中に、AIRのメンバーが呼ばれ、議論する機会がこの1年でぐんと増えた。もちろん、AIRとしての研究や調査の活動も続けている。

 人工知能研究をめぐっては国の動きは暗中模索中のように見えるが、人工知能そのものを研究するいわゆる理系の研究者だけでなく、倫理や社会学、法律など人文社会学系の研究者と一緒に進めていく必要があるというのはコンセンサスになりつつある。また、研究と言いながらも、実用との距離が非常に近い分野なので、ビジネスや社会側の人たちとの協働が必須になる。

 そのような中で、図らずしもジェンダー問題で「炎上」した表紙問題によって、人工知能の研究者側に、社会と連携して歩んでいく種のようなものが蒔かれて、それがうまく膨らんでいっているように見える。もちろん学会のメインの流れでも、松尾さんは週に何本も講演をこなしメディア露出も多く今や時の人で、研究、行政、ビジネス、教育、政治と幅広い領域の人たちと協働している。

 そういうわけで、表紙問題は結果的に「炎上」は良い方向に向かったと言えるだろう。

 ただし、これは安心して「炎上」したわけではないし、そもそもテクノロジーそのものや研究そのものが原因の「炎上」ではない。研究者のジェンダーに対する考え方(の不足)による、予期せぬ「炎上」だった。テクノロジーや研究に取り組むに当たっての、鳴海さんの言うような「安心して炎上できる場」はテクノロジーと社会が良い循環で進んでいくためには必要だろう。

 ちなみに学会誌「人工知能」はamazonで雑誌もKindle版も買える