科技メモ

テクノロジーと人間について、取材の備忘録とか思ったこととか

なぜ女性の研究者は少ないのか?

 工学系や情報系の研究者をずっと取材していると、取材対象者はほとんどは男性だ。学会や研究会のイベントへ行くと、だいたい9割が男性。今日行ってきたコンピュータ囲碁大会は、事務局のお姉さんを除くと100%男性だった。

 女性の数は全体の半分いるはずだ。ではなんで、そこに女性はいないのか?そもそも、女性だから理系に進学しない、物理が必要な工学系には進学しない、というのは本当なのだろうか?

 生物学的にはナンセンスだ。ジェンダーバイアスによる環境要因にすぎない。

 例えば私の母校の中高一貫女子校。進学校なので、センター試験の必要科目によって高校1年生からクラスが分かれる。1年生で理系2クラス、文系2クラス、文理混在が1クラスだった。つまり、理系:文系の比率は1:1だ。本格的に進路を絞り込む高校3年生時点では理系2クラス、文系3クラス。理系クラス(つまり数ⅢCが必要な人たち)のうち、物理選択と生物選択はたしか半々だったと記憶している。親が医者の子が多かったので、医学部志望は比較的多かった。また、付属の大学が文系学部しかなかったので学内推薦は当然文系に限られる。

 N=1で何とも言えないという意見には賛成だが、特段のジェンダーバイアスを意識しない環境で6年間育てられれば、理系文系は1:1もありうるし、うち半分は物理を選択するというケースもあるということだ。

(ただしジェンダーバイアスを特段意識しなかったのは、女子校だったことに加え、先生方の私たちへの接し方が素晴らしかったのだと思う、今思えば。教育熱心だったし、ジェンダーに関して「女の子はこうあるべき」といった差別的な振る舞いをする先生方はいなかった。ミッションスクールなだけに、生徒たちへの愛が溢れていた。当時はわからなかったけれど、今になって思えばその点、先生方に感謝をしている)。

 内閣府の資料によると、科学技術分野全体で女性研究者の割合は全体の13%だ。この内閣府のまとめにはその理由や対策が長々と書いてある。

 だが結局のところ、人が何を選び、何を学んで、どんな職業につくかというのは、生まれた時から10歳代までの環境と教育に依るのだと思う。適正の問題ではなく、ジェンダーバイアスにより、女性では何を選び何を学びどんな職業につくかという選択肢が狭められているのが現状だ。つまり、女性とか男性とか生物学的な性差の問題ではなく、女性「だから」、男性「だから」ということを言う人たちが周囲にいるという環境によって選択肢が規定され、それによって教育が限定された結果が、科学技術の研究者の多くは男性ということなのだろう。

 人は誰しも、やりたいことやりたいようにやればいいと思うんだけど。周囲の人に迷惑をかけないかぎりは。ただ、ジェンダーバイアスのような環境要因によって「やりたい」「できる」という選択肢にはじめから入らないことは、いかがなものかと思う。