科技メモ

テクノロジーと人間について、取材の備忘録とか思ったこととか

仲間をつくる

さて、プロジェクトの開始は決まった。とりあえずここではPJエマと呼ぶことにする。まずは仲間が必要だ。ほぼ1ヶ月間で、チームが出来上がってきた。

まず、前提としてEちゃんは仲間をつくるのがとてもうまい。これはもう彼女の才能だ。それでも、異分野の専門家や学生からなるプロジェクトを一緒に進める仲間ができていくプロセスの記録には意味があると思うので、書き留めておく。

PJエマには2つの目的(アウトプット目標)があるが、それらは互いに相互作用をするので、同時並行で進めることになる。Eちゃんは当初から目的①のためにKさんに声をかけていた。お好み焼き屋さんでの私との議論から出てきたのは目的②の方だ。①②ともに同時に進めるチームを作ることになる。チームのメンバーは、人文社会科学系の研究者、情報系の研究者、それに学生が当初から想定されていた。

さて、どうやって進めていくか。まずEちゃんが声をかけたのは、Eちゃんが主催する別のプロジェクトのメンバーたちだ。そこには人文社会科学系、情報系の研究者が数人入っている。

昨年12月、別件でとあるワークショップをEちゃんが企画した。Eちゃんが集めた参加者のひとりとして、私も招集された。社会人(私以外は研究者)から学生まで、20人近くが集められた。今思えば、そこに招集された参加者は、PJエマのメンバー候補者だった。

PJエマのコアメンバーになるK(Kさんとは別人)と出会ったのはその時だ。ワークショップで同じグループで、初めから議論を煽って飛ばしていたのがKだった。おもしろい奴がいると、思ったら、Eちゃんから、「あなた絶対好きでしょ。同じグループにしておいたから」と紹介された。つまり、KはEちゃんと似ているのだ。

ワークショップの後に参加者数人でカフェへ行き、そこでPJエマの話をした。この夜、おもしろいね、と全員が乗ってくれた。なお、夜も遅く、本来なら飲み屋さんに行くところが、Eちゃん、私、Kをはじめとして飲まない人が多かったからケーキとコーヒーを、ということになったのだ。

写真は夜カフェでのケーキ。2016年12月16日@神楽坂

当初からEちゃんが言っていたのが、ワークショップをすること。年末、Eちゃんとまた長い議論をした。私はたぶん産婆役なのだと思う。Eちゃんの中にあるものを、引き出して聞く。それをEちゃんはテキストに落とし込む。

ワークショップ日程は年明けの週末で2日間、決まった。カフェのときの参加者や、それ以外にEちゃんの知り合いなどにEちゃんがメールを送り、Googleフォームに書き込んでもらい、参加を募った。ワークショップの内容や場所は、Eちゃん、K、私でメールのやり取りで詰めていった。

1日目は3連休の最終日。2日目はその週の週末。参加者はそれぞれ15人、20人強が集まった。1日だけの参加の人も、2日とも参加の人もいる。私以外の全員が研究者。分野は人文社会科学系、情報系それぞれ。

ワークショップはそれぞれ6時間ほど。それから懇親会。ワークショップ、懇親会と続くと、それぞれパラパラと抜けていくが、その後の二次会にも残ったコアメンバーで反省会と次に向けたステップの議論を続けた。もっとも、飲まないメンバーが多いので、二次会と言っても、1日目はマック、2日目はワークショップの会場である会議室がある建物の別の部屋と、アルコールは入らず。コアメンバーは、1日目はEちゃん、K、Kさん、Tさん、私。2日目はEちゃん、K、Oさんに加え、Kが連れてきたUさん、Nさん、私。

1日目ワークショップ。毎回お菓子はたっぷりある。色んな人が持ち寄ってくれる。

2日目のコアメンバーの議論で気付いたのが、異分野でもともとのバックグラウンドや文脈が異なる中で仲間をつくっていく過程で、どのように文脈を共有するかということだった。目的①②について、表面的には言語化して、Eちゃんがテキストを作って、口頭で説明をして、共有をしてきたつもりでいた。ただ、その大前提となる文脈は語ってこなかった。Eちゃんと私の間では共有されていたが、Kをはじめ他の人たちとは全く共有してこなかったことが、この時に明らかになった。

「合う」「合わない」という人間の相性があるのだとしたら、私とEちゃんは、徹底的に合う。出会って2回目の時、「あなた、あたしだー!」とEちゃんは私を指差して言ってのけた。何かをやりたいと思った時に、それに対するスタンスや行動パターンが似ているのだと思う。それに加えて、科学技術と社会の関係については、重要だと思っていることの認識と、その上でのやりたいことが、多分、同じ。だから、空中戦の曖昧な議論でも、だいたいわかる。

でも、それが良くないこともある。Eちゃんと私の間では合意されていて、それ故それは大前提ですでに共有されているものとして、言語化していなかったことが、文脈だった。

それが、「現状認識」すなわち「世界観の共有」だった。「まず、Eさんの精神構造を掘る必要がある」とKは言った。今の社会をどのように認識しているか。そこがすべてのスタートになっている。このとき、産婆役はKだった。Eちゃんと私が交互に答えていった。1時間くらい議論が続いたのだろうか。

「あああー、やっとわかった!!」とKは言い、むしろ今まで共有されていなかったのか、と私はようやく気がついた。この時、Eちゃんと私が共感して共有していることについて、Kがインターフェイスとして外に出してくれたのかもしれない。

ただ、文脈の可視化を最初からしないでワークショップを実施したことは、実はよかった、というかそうしないと進められなかったと思っている。というのは、PJエマのような複数の領域の専門家が参加する場合は、それぞれが仲良くなってざっくばらんにガチに議論ができる状態をつくることが最初のステップだからだ。その場合、はじめからガチガチにフレーミングをすることで、議論のアジェンダから外れて抜け落ちてしまうことがあるし、参加する人を拒んでしまう。