人間とテクノロジー

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「「軍事研究」の戦後史:科学者はどう向き合ってきたか」(杉山滋郎、ミネルヴァ書房)

科学史が専門で、北大教授の杉山先生による「「軍事研究」の戦後史:科学者はどう向き合ってきたか」は、戦中から今に至る、軍事(安全保障/防衛)研究とアカデミアをめぐる出来事がまとまっていて、大変便利な本でした。

国の安全保障政策の動向はもとより、2015年度から始まった防衛省(防衛装備庁)の競争的資金により、アカデミアと安全保障技術研究のあり方が話題になる昨今、ここ70年くらいの間、日本人がどう向き合ってきたか、さらっと抑えられます。 

「軍事研究」の戦後史:科学者はどう向きあってきたか ( )
 

 この本では「軍事研究」は以下のように定義する。
(1)軍(および軍関連機関)が行う研究
(2)軍(および軍関連機関)が資金、設備、ロジスティクス、その他の面で支援する研究
(3)戦争や紛争に関連して用いられるもの、または用いられる可能性のあるものに関する研究

 防衛省および防衛装備庁はここでいう軍(および軍関連機関)に含まれる。防衛省(防衛装備庁)は2015年度にアカデミアなどでの「基礎研究」に研究助成をする「安全保障技術研究推進制度」を始めた。この制度についてはAERAでも書きました。

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それまでは、建前上、国内の大学などのアカデミアはいわゆる「軍事研究」には関与しないことになっていた。一般に、大学などのアカデミアの研究費は文科省からの運営費交付金の他、文科省経産省など各省庁の研究助成制度による競争的資金によって賄われる。公には戦後初めて、防衛省がスポンサーといういわゆる「軍事研究」と言われる競争的資金ができた。

そこで各大学やアカデミアで議論が起こり、昨年4月から日本学術会議が議論を始めた。学術会議は戦後2度にわたって「軍事研究」の禁止をうたっている。今回の検討では、その禁止の宣言が変わるのかどうかが焦点となっている。先日の検討会で出された声明案は、これまでの「軍事研究」禁止の方針を継承するものとなっている。

ということで、ここ数年アカデミアや科技系の記者の間では「安全保障技術研究とアカデミア」というのは大きなアジェンダになっています。

それでこの杉山先生の本。意外だったのは、日本学術会議を始めとしたアカデミアで「軍事研究」反対の機運が強まったのは、戦後20年かけてというくだり。第二次世界大戦での「科学技術動員」への反省、憲法9条を根拠に「軍事研究」を否定する声が大きいから、戦後すぐなのかとおもったらそうでもない。

そして戦後20年かけてというと、学生運動、左翼の活動、全共闘と重なる。この本は出ていないけれど、大学紛争時に東大全共闘が当局に突きつけた要求の中には学問の自由を守るために、産学連携とともに軍事研究を放棄することが含まれていたと聞いた。学問が独立して自由であるためには、産業と結びつかないこと、それを並列で軍事が扱われたということだった。(このあたり人から聞いただけでちゃんと調べていないのであやふやですが、ちゃんと調べます)

もうひとつ興味深かったのが、防衛省(当時は防衛庁)が90年代に文科省の科学技術振興調整費による競争的資金に応募していたという話。

いわゆる「軍事研究」といっても分野は多岐に渡る。工学だけではなく、理学、医学ももちろん含まれる。最近では日本学術会議で民生にも軍事にも使える「デュアルユース技術」について報告書が作られたのは、Natureに掲載された河岡さんたちによるインフルエンザウイルスの合成技術からの、バイオテロの懸念の議論がもとになっている。

その点から興味深いのが、旧日本軍に731部隊と、その跡地に戦後設立された予研(現在の国立感染症研究所)の体質、感染症研究にいつもついてまわる黒い影だ。だいたい731部隊の関係者は全員免責されたうえで米軍からの事情聴取を受けていて、いまだその内容は明らかになっていないし、責任の所在も不明なままにあやふやになっている。今の「軍事研究」とはまた別の話だが、このあたりと戦後の予防接種行政含む感染症対策とか、血液対策課あたりとかの関連性をちゃんと調べると結構面白いのだと思う。

 また個人的に興味を持ったのは、生物兵器とアカデミアという文脈で80年代後半に新聞を賑わせたのが、我が母校の北大獣医だった。公衆衛生学教室でハンタウイルスの研究をしていた助手の先生が、米軍の施設で研究をしていたことを毎日新聞が一面で扱った。

恩師に電話をしたついでに当時の話を聞いてみたら、「新聞社とかマスコミが毎日来ていて仕事にならなかった。●先生は相当悩んでいたし、大変だった」ということでした。仕事の邪魔をするのは良くないよね、自戒。

ということで読んで大変勉強になる本でした。

ちなみに私、北大の学部1年生だったころに杉山先生の科学史の授業をとっていましたが、ほとんど記憶にありません。ごめんなさい。今になって教科書をひっぱり出してきて読んでいます。