人間とテクノロジー

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「マイクロバイオームの世界 あなたの中と表面と周りにいる何兆もの微生物たち」(ロブ・デサール&スーザン・L.パーキンズ著、斉藤隆央訳、紀伊国屋書店)

2000年代前半の学生時代。同じ大学で農学部の院生だった友人がメタゲノムの研究をしていました。当時、次世代シーケンサーが出てきたくらい。トリ1羽ずつからサンプル採取してはちまちまとPCRでウイルス遺伝子の断片を探していた当時の私は、細菌の集団をそのままゲノム解析をしてしまうというメタゲノム研究に、目から鱗が落ちたものでした。なんだよその大雑把なやりかた、おもしろそうじゃん!って。
 
メタゲノム研究が出てきたのは次世代シーケンサーゲノム解析のコストが大きく下がったのが大きい。最近では、腸内細菌と人の健康や脳への影響まで研究がされている。
 
「マイクロバイオームの世界 あなたの中と表面と周りにいる何兆もの微生物たち」(ロブ・デサール&スーザン・L.パーキンズ著、斉藤隆央訳、紀伊国屋書店)を読みました。

 

マイクロバイオームの世界――あなたの中と表面と周りにいる何兆もの微生物たち

マイクロバイオームの世界――あなたの中と表面と周りにいる何兆もの微生物たち

 

 

マイクロバイオームとは体の内部や表面のほか、生活の場などの環境中に存在する微生物の集まりのこと。そうした微生物のもつ遺伝子の総体を指す場合もある。この本では、おもに細菌にまつわる教科書的な基本的な話題が網羅されていて、初心者にとっては勉強になるけれど、微生物を一通り勉強した人にとっては少し物足りなさがあるかもしれない。もう少し、マイクロバイオームの最新のトピックスについて触れてほしかった。
 
とはいえ、マイクロバイオームの世界という、微生物学の今の流れを把握するにはわかりやすい。科学のお作法は、細分化して分類すること。微生物学でも同様で、微生物の種ひとつひとつを分類して機能を調べるというのが一般的だ。一方、マイクロバイオームのように、微生物の集まりや、総体として全体で見ていくというのは、え、そんな雑でいいの、と昔は思ったものだったけれど、でも今思うと、だからこそ現実に即している。
 
通常の健康な人間の体にある細胞のおそらく90%までもが微生物にしめられているという。そのボリュームにして、体重の約3%が侵入した微生物が占めている。
 
2009年にアメリカ国立衛生研究所(NIH)はヒトマイクロバイオーム計画を始めた。予算は1億5000万ドル。人のマイクロバイオームを次世代シーケンサーを使って調べる計画だ。予備実験で、被験者250人の男女の身体のサンプリングから、人のマイクロバイオームの分布を調べた結果が以下だ。
 
胃腸29%、口腔26%、皮膚21%、気道14%、泌尿生殖器9%、血液1%、眼0%
 
当然だが、人の体の表面(なお腸管の表面は体表だ)でありそこを覆う上皮細胞がある場所に微生物が生息していることがわかる。胃腸から泌尿生殖器まではすべて上皮細胞で覆われる。その点、血液中に1%も存在していることは意外だった。感染症などで病的に血液内に微生物が存在する状態は、敗血症と呼ばれる。一方、通常に血液中に存在するということは、免疫反応が起きていないということなのだろうか、免疫系を回避する仕組みがあるのかしら。
 
で、そのマイクロバイオームが人の健康と大きく関わりがあるのは、感染症などの病因になるだけではなく、健康の維持にかかわっている。腸内細菌が食物の消化吸収に大きく関与していることはよく知られているが、最近のトピックスは、腸内細菌が脳機能と関連しているという「腸脳相関」だろう。
 
2004年に九州大学の須藤信行らはマウスの研究で、初めて腸脳軸における微生物の関連を示した。無菌マウスに糞便移植をすると行動が変わるほか、糞便移植で気分が変わる、うつ病患者の腸内細菌叢を調べると症状によって変化がある、といった報告がこれまでにあるが、メカニズムは詳しくはまだよくわかっていない。
 
微生物はさておき、そもそも胃腸と脳には大きな関連がある。食物を見たりにおいを書いだりするだけで胃腸と脳に影響を及ぼす生理反応やホルモン反応が誘発される。腸内の微生物はホルモンを介してこれらの反応に影響を与えていると考えられている。
 
まだわかっていないことが多い今の段階で、マイクロバイオームが示唆することは、単一要因ですべてが説明できるほど人体や世界は単純ではない、というアタリマエのことではないだろうか。科学は世界を分解して細分化してメカニズムを探ってきた。ところが、それを今度再構築したところで、もとの世界は再現できない。だから、元の世界をそのまま考える、という大胆なあり方が最近はどの分野でもよく見られるな―流行りだな―と思います。でもおもしろいとおもってます、ほんとに。