人間とテクノロジー

人間とテクノロジーについて、取材とか思ったこととかの備忘録

なぜ、イデオロギーなくフラットに軍事研究の議論をできないのか

と、ずっともやもやしています。「軍事研究」っていう単語が適切かどうかはよくわかりませんが、ミスリードになりがちな単語だと思っています。防衛や軍事のための研究開発について、どう考えたらいいのか、よくわかりません。でも話題には上がります。最近では、AWS(Autonomous Weapon System)の話題もよく出てきます。

だから、話を聞きに行きます。研究開発の話だからと、研究者に聞きに行くと、たいてい、取材になりません。ほとんどの研究者は、防衛や安全保障、軍事と研究を結びつけて考えたことがないといいます。

一方で、声高に話をする人達は、政治的主張に基づいて発言をしているのですね。研究開発そのものの話ではなく。

防衛や軍事のための研究開発について、議論して、考えることができる場が、あまりにも少ないと思いました。とても大事な問題であるはずなのに。

先日、「武器と市民社会」研究会へ行ってきました。「武器」の話になると、「右」か「左」かのイデオロギーに分かれて、両者が一緒に話すことができない、というのが主催者の問題意識で、なのでこの研究会では、お互いが議論できるようにという場でした。

でも、やっぱりイデオロギーがはっきりしていると、かみ合っていないという様子もわかりました。登壇者4人のうち、2人が「右」、2人が「左」と言う色も見えましたし、対話や議論というよりも、やはりお互いの主張があったうえで、それらが交わることはないパネルでした。

でも、多くの研究者(工学系、情報系)は、「右」か「左」かというイデオロギーに基づいて研究をしているわけではありません。自分も含めて、政治的主張がとくにない人たちと、フラットに話をしたいと思っています。そういう場は、やっぱりない。

先日、人工知能について研究されていて、本を書かれたフランス人の客さん(情報系教授→哲学教授に変わった研究者と情報系教授)が来ていて、クローズドで2時間ほどフリーディスカッションのワークショップをしました。

AWSについて興味がある。と私は言いました。日本では、研究者はこうした話題について議論をする場がない、話題に触れることもできない空気がある。フランスではどうか。と聞きました。

彼は、まったく何を聞きたいのかわからないという顔をしました。防衛や安全保障は国にとって最も重要な問題で、その研究開発について研究者が議論に参加するのは当然のことであると。あとからフランスを良く知るKに呆れられましたが、軍需企業で食っているフランスでは当たり前のことでしょう、と。

 議論の素地すらできていないのです。今の私たちのまわりでは。でも、まずは知り、考えること。そして、そのための場が必要だと思いました。

おやつがたくさんあるワークショップでした。

 

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「軍事研究」の定義自体がよくわかりませんが、、、議論のためにわかりやすく整理をするなら、防衛・軍事にかかる政府系機関から研究費等の支援を受けて行う研究、という整理が一般的かと思います。たしか、杉山先生の本でもそういう整理をしていた。

ちなみに、日本の科学技術予算約3兆5千億円のうち、防衛省予算は約1200億円です。ということで、日本にもいわゆる「軍事研究」はちゃんとあります。当たり前ですが。とはいえ、日本には軍はなく、軍事はないということになっているので、防衛技術研究とか、安全保障技術研究と言うのが正確かと思います。

これまでは、防衛装備品(つまり武器)の開発は防衛装備庁(昔の防衛省の技本)と企業がになっているということになっていました。ところが、2015年から防衛装備庁(当時は防衛省)が、大学や研究機関、企業向けの研究費助成を始めたことから、話がややこしくなりました。これまであって、防衛予算は当然大学や研究機関にも流れていたわけです。それが、公募と言ういう形でより明示的になったため、これまで2度の声明で「軍事研究」を禁止してきた日本学術会議では「軍事研究の是非」と言う議論になり、今年3月に出した声明で、これまでの声明を踏襲する形で「軍事研究」を禁止するということになりました。

「軍事研究」の議論になると、だいたい「右」か「左」か何らかの政治的主張が伴うものばかりで、どちらでもなく、というか科学技術やアカデミアに関心のある自分としては、なんだかなあ、という気分でいます。本音と建て前と言うか、現実と虚構というか、イデオロギーの主張というか。

現実的には、いわゆる「軍事研究」に含まれる、安全保障技術研究もしくは防衛研究は存在し、その公的予算も増えています。

じゃあ、それをないものとしなくて、現実的にどう理解したらいいのか、よくわかりません。だから、みんなで勉強して、考えて、議論していけたらな、って思っています。