人間とテクノロジー

人間とテクノロジーについて、取材とか思ったこととかの備忘録

なぜエボラ治療薬開発に予算がつかないのか

北大獣医学部の大先輩、高田先生がクラウドファンディングを実施している。

readyfor.jp

 

1月末に北大からクラウドファンディング実施のむねのプレスリリースが出ていて、2月1日からredayforで開始、8日には目標額の370万円を達成。3月29日が期限だが、今も金額は伸び続けている。

高田先生のエボラウイルスの研究は20年以上にわたる。おそらく日本で一番エボラウイルスに詳しい研究者だ、って、以前日経サイエンスの記事で書いた。

www.nikkei-science.com

 

エボラ出血熱には確立した予防法も効果的な治療法もない

エボラ出血熱は1976年に初めて南スーダンコンゴ民主共和国で同時期に発生、その後も数年ごとにスーダンウガンダコンゴ民主共和国などで流行を繰り返し、2014〜16年に西アフリカ(ギニアリベリアシエラレオネ)での流行は症例数3万人弱と過去最大となった。詳しくは検疫所のファクトシート参照。

www.forth.go.jp


エボラ出血熱にはワクチンなど確立した予防法も、抗ウイルス薬などの効果的な治療法もない。ウイルスに対する中和抗体を投与する中和抗体療法の研究は1990年代に始まった。中和抗体療法で有名なものが、米ベンチャーが開発を進める3種類のモノクロ抗体による治療薬ZMappだ。ただ、2016年に出された72人の患者を対象としたRCTの論文では、対照群との有意差はなくネガティブな結果だ。

https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa1604330


エボラウイルスは5つのタイプが人に感染するため、治療薬としてはこの5つに対応する必要がある。高田先生らは5つのタイプに広く反応するモノクロ抗体を作ったと2016年にサイレポで発表している(5つのタイプに共通のエピトープがターゲットらしい)。この論文ではビトロとマウスの感染実験まで。

www.nature.com

 

Readyforでのファンディングでは、

そして数年前、ついに数億の抗体の中から世界で初めてエボラ5種類全てに効く抗体を発見しました。20年の研究がついに実を結んだのです。さらにその後、この抗体と同じ作用を持つ化合物の発見に成功しました。

エボラの流行を食い止めるためにも、感染した際に希望を抱くことができるようにするためにも、今回発見した、治る可能性が高い化合物をできる限り早く「薬」にする必要があります。

とあるので、サイレポ発表の中和抗体と同じ作用を持つ化合物(ってなんだ?)を薬にするための薬物動態などの研究費を募っているようです。

エボラウイルスは国内では扱えない

ウイルスやその治療薬の研究をするには、その実験でウイルスを扱う必要がある。だがエボラウイルスは国内では扱えない。

エボラウイルスを扱うにはバイオセーフティーレベル(BSL)4施設が必要で、現状国内で稼働しているBSL4施設はない。開発には海外のBSL4施設で実験する必要がある。なお、BSL4で扱う病原体は感染症法が定める1類感染症でエボラのほかにも出血熱などもある

今回のクラファンでは非臨床試験で薬物動態ということなので、ウイルスを扱った感染実験をするわけではないので国内で可能だが、創薬の過程では動物への感染実験で安全性と有効性の確認、人での臨床試験で安全性と有効性の確認が必要になる(エボラウイルスの人への感染実験は倫理的に不可能なので、流行地域での感染患者に対するRCTになるのだと思います)。

高田先生はNIHロッキーマウンテン研究所の客員研究員もされていて、BSL4が必要な時はそこを使っていると以前伺った。エボラ治療薬を国内だけで開発することはできない。

橋渡し研究に予算がつきにくい

大学での基礎研究では、「治療薬の候補物質を見つけました」「治療薬のターゲットを見つけました」までで論文は出せるし、そこで終わることが多い。国(多くは文科省厚労省の予算)の研究費はそこで終わりだ。最近では厚労省系の研究予算で橋渡し研究をうたうことがおおいが、多くが国が重点領域としている再生医療などが対象だ。

薬の開発には、候補物質を見つけてから動物実験で安全性と有効性を調べる前臨床試験、人での安全性と有効性の確認、容量の確認をする臨床被験(フェーズⅠ、フェーズⅡ、フェーズⅢ)と莫大な費用がかかる。前臨床試験以降は製薬会社が担うことになるが、一般に製薬会社は高所得の国にあり、アフリカなど欧米と比べると低所得の国での感染症の治療薬には事業上メリットがないと関心を示さない。

比較的高所得で長寿命の国で蔓延する認知症の治療薬の有力な候補を見つけたといったら、飛びつく製薬会社もあるだろう。だが、エボラ出血熱の治療薬候補を見つけたといっても、エボラ治療薬では研究開発投資を十分に回収できるメドがたたないというのは容易に想像がつく。

民間が経営上投資に踏み切れない領域だから、公的機関が投資するというのが本筋だが、実際には、こうした領域への研究開発投資は十分になされているとは言えない。(それは昨今の科学技術政策全般に言えることだけれど。「役に立つ」「当たる」研究をしろって国が言うの、それどこの民間企業だよ。公的機関の役割放棄してるのでは)。

米国で起業という道を選んだ研究者

実験をして論文を書くという研究だけならできる。でも、その研究成果は社会では活用されないーー。

大半の研究者は前者だけで精一杯だし、後者を実現するのは自分の仕事ではないと考えている。ただ、研究成果を社会で使うようにすることに、真面目に対峙する研究者も少なくない。

高田先生のクラファンを知って、思い出したのが赤畑さんだ。

赤畑さんはNIHでワクチンプラットフォームを研究。それを使ったワクチンの研究をしてきたが、デング熱マラリア予防などのワクチンの実用化を進めるために2013年に米国で創薬ベンチャーVLP Therapeuticsを起業した。

赤畑さんの話はちょっと前に記事を書きました。

dot.asahi.com

最近、マラリアワクチン候補の治験がFDA認可され、フェーズI/IIa患者登録を開始した。ほんとすごい。

www.prnewswire.com

開発中は収益は得られないので、投資を受けるが、赤畑さんはNIHやDoDのほか、国際協力の文脈ではGHITファンド投資を受けている。日本国内の学術研究だけに閉じると選択肢は限られるが、米国は選択肢が開けている(なにげにグローバル・ヘルス関連では、防衛予算の貢献は大きいように思う)。あとGMP準拠施設を自社で持っていなくても、外注できるところが複数あり、大手製薬会社でなくても治験ができる環境があるのも日本にはないところ。PⅡくらいまでうまくいくと大手製薬会社で買ってくれるところも出てきそう。

 

もし今後製薬会社が前臨床、治験に投資しないとしたら、高田先生はどのあたりまで自身で進められるんだろう?