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SARS-CoV-2ワクチン接種には、臨床試験開始から18〜24ヶ月はかかる

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)予防に向けたワクチンの臨床試験開始が相次いでいる。英オックスフォード大学は21日、今週中に臨床試験での接種を開始すると発表した。他にも米国、中国でワクチンの臨床試験が始まっている。オックスフォード大学のワクチンは、アデノウイルスベクターとしたワクチン。第1相と第2相の臨床試験終了は21年5月を予定している。その後第3相に移行する。

学生時代にウイルス学をちょっとかじったので、ワクチン開発はめちゃ時間がかかるし且つ計画どおりにうまくいかないのは当然だと思っていたんですが、1年くらいですぐにできると思っている人もいるようで、そんなわけないよなあと思っていたところ、CELLの姉妹誌Immunityに大変わかりやすいレポートを見つけ、抄訳したので載せておきます。抄訳はワクチンへの言及部分だけで、構成は適当にいじっているのと中見出しも適当に付けました。このレポートは4/6掲載で、以下から読めます。Table1にはワクチン開発一覧があり、結構便利です。読みやすいしレビューとしてまとまっているのでぜひ原文でどうぞ。

SARS-CoV-2 Vaccines: Status Report

ワクチンのターゲット

SARS-CoV-2の塩基配列は早期に特定されており、過去のSARS-CoV-1、MERS-CoVワクチンの研究から、ワクチンのターゲットはウイルス表面のSタンパク質となることが知られている。ウイルスのSタンパク質は、細胞表面のACE2受容体と相互作用するが、抗体がこの結合を阻害しウイルスを中和する(なお、Sタンパク質は三量体で、中和抗体の主なターゲットはそのうちの一つの受容体結合ドメイン)。

SARS-CoV-1とMERS-CoVのワクチン開発

SARS-CoV-1ワクチンは、Sタンパク質をターゲットとしたワクチンがいくつか開発され、動物モデルで実験されている。ワクチンの種類は、Sタンパク質の組み換えワクチン、弱毒化・不活化ワクチン、ベクターワクチンがある。ウイルス感染を伴うワクチン接種の実験では、マウスモデルで肺損傷、好酸球浸潤、フェレットで肝障害などの合併症などが報告されているが、多くの場合、ワクチン接種をした動物ではワクチン非接種の動物と比較して生存率の向上、ウイルス力価の低下、罹患率の低下が見られた。なお、MERS-CoVワクチンでも同様の報告がある。

SARS-CoV-1ワクチンはいくつか開発途上だが、最もフェーズが進んでいるのは第1相臨床試験であり、現在利用できるものはない。第1相では、不活化ウイルスワクチン、Sタンパク質スパイクベースのDNAワクチンの安全性と中和抗体の誘導が確認された。

SARS-CoV-1に対して単離された中和モノクローナル抗体は、SARS-CoV-2の受容体結合ドメインと交差反応するため、SARS-CoV-1ワクチンがSARS-CoV-2に対して交差防御する可能性がある。

MERS-CoVワクチンは前臨床と臨床開発段階にある。改変ワクシニア・アンカラMVAベクターアデノウイルスベクター、DNAワクチンベースのワクチンが開発中だ。ただし、MERS-CoVワクチンはSARS-CoV-2に対する交差中和抗体を誘導することはほとんどない。

再感染とSARS-CoV-2ワクチンの意義付け

一般に、ヒトコロナウイルス感染では常に抗体を誘導し続けるわけではなく、長期間経ってから同じウイルスに再感染することがある。SARS-CoV-1、MERS-CoVでは、感染者の抗体価が2〜3年後に低下していることが報告されている。

短期的な再感染は起こらないと見られているが(SARS-CoV-2では回復後の再感染の報告もあるが、検査が偽陰性であった可能性がある)、上記の理由から、数ヶ月から数年経ち体液性免疫の効果が減退すると、再感染が起こる可能性はある。そこで、SARS-CoV-2ワクチンを接種することで(血中抗体価を上げる、または維持し)、SARS-CoV-2が通常のどこにでもいるウイルスとなり季節性の流行に落ち着くような状況にすることができるだろう。

高齢者とワクチン接種

SARS-CoV-2感染は50歳以上で最も深刻な症状を引き起こすため、ワクチン開発では高齢者への効果が重要となる。ただ一般に、加齢による免疫機能の低下のため、高齢者のワクチン接種への反応は若年者と比べて良くない。そこで、例えばインフルエンザワクチンでは、高齢者向けに多くの抗原やアジュバントを含むことで効果を増強している。

この問題は、SARS-CoV-2でも同様に起こりうる可能性がある。ただし、高齢者のワクチン接種が効果的でない場合も、若年者のワクチン接種によってウイルスの感染拡大を止めることができれば、間接的にメリットとなる。

開発中のSARS-CoV-2ワクチンのパイプライン

利用可能なワクチン開発には何年もかかる可能性がある。安全性、大量生産の技術開発に加え、コロナウイルスワクチンは市場にないため、ワクチンの大規模な製造ラインもまだないため、これらの構築も必要となる。CEPI(Coalition for Epidemic Preparedness Innovations, 感染症流行対策イノベーション連合:世界連携でワクチン開発を推進するうために2017年1月ダボス会議において発足した官民連携パートナーシップ)は開発する企業・団体に資金提供をしているが、これらの企業・団体は規制当局の認可を得るだけの治験に必要なワクチン製造能力などをまだ持っていない。

Modernaと米国立衛生研究所(NIH)ワクチン研究センターが共同開発したリポナノ粒子のカプセルにmRNAを入れたものを接種し、ターゲットの抗原を生体内でワクチンとして発現するmRNAベースのワクチンは現在最も開発が進んでおり、最近臨床試験を開始した(ClinicalTrials.gov:NCT04283461)。

Curevacも同様のワクチン開発に取り組んでいるが、現状は前臨床段階だ。前臨床段階では、ほかに、Sタンパク質をターゲットとする組み換えタンパク質ベースのワクチン(ExpresS2ion, iBio, Novavax, Baylor College of Medicine, University of Queensland, and Sichuan Clover Biopharmaceuticals)、Sタンパク質をターゲットとするウイルスベクターベースのワクチン(Vaxart, Geovax, University of Oxford, and Cansino Biologics)、Sタンパク質をターゲットとするDNAワクチン(Inovio and Applied DNA Sciences)、弱毒生ワクチン(Codagenix with the Serum Institute of India)、不活化ワクチンがある。

これらはどれも長所と短所があり、どれが良いか予測はできない。ジョンソンアンドジョンソンとサノフィは最近SARS-CoV-2開発に参入した。ジョンソンアンドジョンソンはこれまでに認可されたワクチンがない実験的なアデノウイルスベクターベースのワクチンを開発中だが、サノフィは既に承認済みの組み換えインフルエンザウイルスワクチンで利用されているのと同じプロセスで開発している。

ワクチン開発にはなぜ時間がかるのかーワクチン開発の問題

現状承認されているコロナウイルスワクチンは存在しない上、現状開発中のワクチンで使われている技術(生産プラットフォーム、ベクターなど)は新しい技術で、安全性を徹底的にテストする必要がある。

ワクチンのターゲットであるSタンパク質は特定されているが、ワクチン開発には、臨床試験の前に、適切な動物モデルで試験し、さらにワクチンの防御効果があるかどうかを確認する必要がある。

ただ、SARS-CoV-2の動物モデルはまだ開発されておらず、この開発が難しい可能性がある。SARS-CoV-2は野生型マウスでは増殖せず、ヒトACE2を発現するトランスジェニック動物で軽度の症状を誘発するのみだ。他に動物モデルとしては、フェレットやNHP(非ヒト霊長類)が考えられる。

ヒトの症状を再現する適切な動物モデルがない場合でも、ワクチン接種された動物の血清のin vitro中和アッセイで試験することでワクチンを評価することも可能だ。この場合は、ウイルス接種後の安全性データを収集し、SARS-CoV-1ワクチンやMERS-CoVワクチンの研究で見られた合併症を評価する必要もある。

さらに、ワクチンの安全性のみを動物実験で確認する必要がある(この場合ウイルス感染実験は必要ない)。この試験では、GLPに準拠した方法で実施する必要があり、通常完了までに3〜6ヶ月かかる。ただし、ワクチンのプラットフォームによっては、同じ製造プロセスで作られた類似のワクチンについて既に十分なデータが有る場合は、安全性試験の一部が省略可能な場合もある。

一般に、ワクチンは品質と安全性を一定に保つために、適性製造基準(cGMP)に準拠したプロセスで製造されている。これには専用設備、訓練を受けたスタッフ、適切なドキュメント、原材料が必要だ。これらのプロセスは、SARS-CoV-2ワクチンに適合するように設計する必要がある。前臨床段階でのワクチン候補では、これらのプロセスは存在しないため、ゼロから開発する。

十分な前臨床試験で結果が出ると、cGMP品質のワクチンを作成し、これを用いて臨床試験を開始する。一般に、ワクチンの臨床試験は、ヒトでの安全性を評価する小規模な第1相試験から始まる。これに続いて第2相試験で有効性を示すための処方と用量を確立する。最後に第3相試験を行い有効性と安全性をより大規模に実証する。ただし、現状のような特殊な状況下ではこの一般的なスキームが短縮され、規制当局による承認経路を早められる可能性もある。

ワクチン開発にはなぜ時間がかるのかーワクチン製造能力・分配・投与の問題

もう一つの問題は、十分な量のcGMP品質のワクチンを生産するための製造能力の問題だ。不活化ワクチンや弱毒生ワクチンのように、現状製造されているワクチンでは既存の設備を使えるため、比較的容易に可能となる。一方で、mRNAなどの新しい技術に基づくワクチンの場合、ワクチン量産のための製造インフラをゼロから構築する必要があり、そこに時間がかかる。

医療関係者やハイリスク層などワクチン接種対象者を絞ることもありうるが、目標は、世界中の人々がワクチンを利用できるようにすることだ。ただこれは難しいだろう。

最後に、ワクチンの配布と投与に時間がかかる。人口の大部分に接種するには数週間はかかるだろう。現在SARS-CoV-2にナイーブ(未感染で抗体を持たない状態)だとすると、ワクチンの複数回投与が必要になる可能性が非常に高い。この場合、通常3〜4週間間隔で2回接種し、ワクチン接種後1〜2週間で防御免疫がつけられる。

いくつかのステップが短縮されたとしても、臨床試験の開始後6ヶ月より早くワクチンが入手可能になることはまずありえない。現実的にはSARS-CoV-2ワクチンはさらに12〜18ヶ月間かかるだろう。