人間とテクノロジー

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日本での「スペイン風邪」流行の詳細な記録「流行性感冒」(1922年刊)がおもしろかった

19181〜20年のいわゆるスペイン風邪の流行について、内務省衛生局(当時)が1922年にまとめた報告書「流行性感冒」がめちゃおもしろかったです。役所の報告書と思えない科学的で謙虚な態度の記述と詳細なデータ。100年前の文体だけど読みやすいのは、数値を含む事実関係の情報が整理されているのと、データや論文引用に裏付けされた記載と科学的な視点があるからかと。明日まで無料公開中なのでぜひ。

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スペイン風邪は今ではインフルエンザウイルスによるパンデミックですが、当時は病原体不明。死亡原因の多くは細菌性であり、病原体はウイルス(細菌より小さい穴で濾過しても病原性あるので「濾過性病原体」として知られていた)の可能性を排除しないながらも、細菌が候補に上がっています。病原や病理についての記述がある第六章の緒言である以下の記述はまじでかっこいい。これが役所の報告書って。

「インフルエンザ」の病原問題は猶ほ未解決なり。(中略)一度信ぜられ、二度疑はれたるプアイフエル氏菌が今後如何なる地位を得べきかは今後興味ある学術上の問題なり。但し学術には常に進歩あり。今日諸学者の主張する学説は必ず後来完成の基礎たる可きは疑を容れず。姑く結論を急がず、学会の梗概を録せんと欲す。

一方で、病原体が何かわからない中で、「1CCあたりインフルエンザ菌(←インフルエンザウイルスとは異なる)5億個」などを抗原として注射する予防接種も1918年から実施され、当時の人口5600万人中500万人以上がこうした予防接種を受けたとの記述もあります。治験とか承認とかふっとばして雑な時代。

日本のスペイン風邪死者数は3回の流行で計38万5千人とされますが、関東大震災(死者・行方不明者約14万人)や第一次世界大戦などと比べて、日本史の中でのインパクトはそれほど大きくありません。1918年の死亡数は、流行性感冒(インフルエンザ)が6万9824人、肺結核が9万9215人(ちなみに人口動態統計では2018年の死亡数はインフルエンザが3323人、結核が2204人)。ペニシリンなど抗生物質、予防接種が普及する前は、感染症で死ぬことは日常だったために、スペイン風邪インパクトもそれほどなかったのだと思います。