人間とテクノロジー

人間とテクノロジーについて、人と話したり、議論したり、思ったりしたことの備忘録

AIが医療に導入されるのは「不可避な未来」

 第三次AIブームが始まって久しいが、私が最初に「医療×AI」を見出しにとった記事を書いたのは2016年だった。その頃から「医療AI」だとか「医療×AI」をうたう記事がメディアでも増えてきた。最近はデジタルトランスフォーメーション(DX)だとか、AI社会だとか、データ駆動型社会だとか、AI以外にも様々なバズワードが氾濫しているけれど、「医療AI」「医療×AI」だとかもそういったバズワードの類で、それが何を指しているのか、何を意味しているのか、だから何なのか、誰もが共有する定義はない。先日取材に行ったある医学系学会のAIセッションでは、某先生が医療AIについて「あまりにも浮ついているAIという言葉を使うのはやめましょう」と仰られた。

 それにもかかわらず、多くの医療関係者は今後AIが医療に導入されると考えているようだ。

 少し古いアンケートだが、2016年5月に医師専用コミュニティサイト『MedPeer』が医師を対象に実施したアンケートでは、回答した3701人の医師のうち90%が「AIが診療に参画する時代は来る」とした。このうち最も多かったのが「10〜20年以内に来る」と回答した医師で、全体の33%を占めた。米『WIRED』創刊編集長のケヴィン・ケリー流に言えば、AIが医療に導入されるのは「不可避な(inevitable)未来」だろう。

 その医療AIとは、まだ見ぬ未来の得体のしれない何かにすぎないのだろうか。技術の進展に伴い、自ずと臨床現場に実装されていくようなものなのだろうか。

 たぶん、現実にはそんなに簡単にことは進まない。特に日本では、国民皆保険制度という世界に誇る医療制度が整備されており、法制度のもとに厳しく管理されている。また国内31万人の医師ら医療従事者は複雑なヒエラルキーと利害関係に基づき、保守的な体制が脈々と守られている。

 一方で、少子高齢化による社会保障費負担増のため、世界に誇る医療制度を維持するのが難しくなってきているのも現実。そこには、医療の対象が従来の急性疾患(感染症など)から慢性疾患(生活習慣病など)への遷移、医療技術の進歩による高コスト化など様々な要因も絡みあう。また、様々な情報が膨大になるにつれ医療現場の複雑化とその処理のため、医療従事者の事務作業や労働量は膨らみ続けている。

 こうした中、医療の質の維持・向上と医療制度の維持には、とにかく膨らみ続ける業務に対する、「効率化」「最適化」が必須だと、多分現場のほとんどの人たちが感じている。

「効率化」「最適化」をもたらす

 ところで、AIというかAIを包含するIT化、デジタル化によって私たちが享受するメリットは基本的には「効率化」「最適化」だ。増え続ける情報量を紙などのアナログツールだけで処理していくには限界がある。情報量がある程度以上に増え続けていくと、IT化・デジタル化したほうがずっと処理しやすく効率的だ。また、情報収集自体をIT化・デジタル化することで、さらに効率よく収集できるようになる。もちろんIT化・デジタル化には対象が定型化されていることが前提になる。

 IT化・デジタル化はそれ自体では必ずしも新たな価値は創出するわけではなく「効率化」「最適化」するのが主な利点だが、一方で「効率化」「最適化」することで、余剰を生み出し、そこから新しい価値創造につなげることができる。ただしそれは使う人の工夫次第だ。

 医療でも同じで、IT化・デジタル化は「効率化」「最適化」をもたらす。というか、もたらすはずだった。が、実際のところ医療従事者にとっては、余計に仕事が増えた上、患者満足度が下がった一例が、電子カルテの導入だ。

医療現場はIT化・デジタル化に伴い業務が増大

 1999年の厚労省 「法令に保存義務が規定されている診療録及び診療諸記録の電子媒体による保存に関するガイドライン」以降、それまでの紙カルテだけでなく電子カルテが可能となった。電子カルテは当初記録作成の効率化を目指して導入されたが、現実には入力作業が増大し、医師の労働負荷が高まった。それだけではなく患者満足度も下がった。電子カルテを使うようになり、「医師はパソコン画面ばかり見ていて患者を見なくなった」とよく揶揄される。全ての医師がブライドタッチにたけているわけでも、ITに詳しいわけでもないので当然のことだ。UCSFのグループによる2017年の研究では、電子カルテの利用で患者満足度が下がったとしている(Association Between Clinician Computer Use and Communication with Patients in Safety-Net Clinics. JAMA Intern Med. 2016 Jan 1; 176(1): 125–128.)。

 ただし単にIT化・デジタル化だけが問題ではない。2000年代には医療法改正で患者同意説明や診療情報提供、医療事故調査、地域連携のため、また個人情報保護法等で電子カルテが追い付かないほどの、医療現場での記録や書類が膨大になっていった。その上、2017年ごろからデータヘルス改革との名のもとに、医療データ解析や活用を進めるとのことで、さらに現場の負荷が高まっている。

 単にIT化・デジタル化するだけでは必ずしも「効率化」「最適化」につながるわけではない。そもそもIT化・デジタル化すること自体に、経済的・人的・時間的コストがかかる。また個別最適が必ずしも全体最適につながるわけではない。

 話をAIに戻すと、今なぜ医療でAIへの(過剰なまでの)期待があるのかといったら、医療現場のニーズから言えばひとつは、まずいIT化・デジタル化で増大した業務の「効率化」「最適化」だ。さらにはひいてはそれが患者満足度向上や医療の質の向上につながるという期待だ。一方で、医療現場がどうであれ、IT化・デジタル化は社会のあらゆる場面で勝手に進むので、それは翻っては医療現場での情報量が膨大にあふれることにもつながる。そこへの対応という点でも、「効率化」「最適化」のためになんらかのツール(単なるIT化・デジタル化には散々がっかりさせられてきた医療現場からしたら、AIへの期待が高まるのもまた不可避)を使うというのは、不可避な方向だ。

 もちろん患者からしたら、「正しい答えを出す」「間違わない」「疲れない」という”イメージ”のあるAIが医療現場に入ってこれば、医療ミスもがんの見落としもなくなるという期待も大きい。ただ、これは半分は正しく、半分は正しくない。詳しくはまたいずれ。