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新型コロナウイルス、抗体検査はなんのため?

新型コロナウイルスSARS-CoV-2)に感染したことがあるかどうかを調べる抗体検査が増えている。

ニューヨーク州知事のクオモ氏は23日、州政府が実施した抗体検査の予備調査結果を発表した。調査は2日間に渡って州内の食料品店などで3000人を対象に実施、予備的な結果では全体の陽性率は13.9%。

加藤勝信厚生労働相は24日の閣議後会見で、抗体検査の検査キットの性能を確認する調査を開始したと明らかにした。複数の検査キットを使い日本赤十字社献血者を対象に実施するという。日赤からは22日に「「新型コロナウイルスの抗体検査キットの評価に関する研究」への参加協力のお願い」とした告知が出ている。

なお、国立感染症研究所では迅速簡易検出法(イムノクロマト法)によるSARS-CoV-2抗体の評価の調査結果を4月1日に公表している。37症例87検体を用いて発症日日数ごとに抗体陽性率を調査したもので、その結果は以下の通り。

発症6日後までのCOVID-19患者血清ではウイルス特異的抗体の検出は困難であり、発症1週間後の血清でも検出率は2割程度にとどまることが明らかになった。また、抗体陽性率は経時的に上昇していき、発症13日以降になると、殆どの患者で血清中のIgG抗体は陽性となった。一方、IgM抗体の検出率が低く、IgG抗体のみ陽性となる症例が多いことから、当該キットを用いたCOVID-19の血清学的診断には発症6日後までの血清と発症13日以降の血清のペア血清による評価が必要と考えられた。さらに、1症例ではあるが、非特異反応を否定できないIgG抗体の陽性がみられたことから、結果の解釈には、複数の検査結果、臨床症状を総合的に判断した慎重な検討が必要である。

まず、感染初期と後期のペア血清による評価が必要(ペア血清による評価自体は抗体検査では一般的)であることから、治療中の患者には現実的には役に立たないだろう(治療方針にあまり関与しないその後の確定診断や疫学的研究には有用)。また、偽陽性を否定できないことから、抗体検査だけですでに感染し抗体を保有していると結論付けるのは尚早だ。

また、抗体検出の検査キットの性能予備的検討は日本感染症学会も実施しており、4月17日付けで報告されている。4社の市販の検査キットについてそれぞれ患者10名の血漿/全血を用いて評価したもので、「診断キットの性能は、キット間の差が大きい可能性がある」「現時点において、抗新型コロナウイルス抗体検出キットを当該ウイルス感染症の診断に活用することは推奨できず、疫学調査等への活用方法が示唆されるものの、今後さらに詳細な検討が必要」とまとめている。

日赤の研究でも、複数の方法をいくつか試してみて、最適なものをこれから探していくということなのだと思う。ただ患者ではなく献血者を対象とするというのはこれいかに。

抗体検査とはなにか

そもそもなんのために抗体検査をするのか。

一般に、血中のウイルス抗体価の測定は、診断・治療のほか、疫学的研究に有用だ。ただ、一般的に、ウイルスに感染したとき、患者は発症時よりも回復時に血清中の抗体が上昇することが多い。そのため感染初期と回復時期の血清をとり(ペア血清)、回復期の抗体が上昇していたときそのウイルスに感染したと診断する。ペア血清を用いた診断は治療中の患者には役に立たないが、確定診断や疫学的研究に有用。また特定のウイルスに対する有意の抗体価が認められればペア血清がなくてもそのウイルスに感染していると診断する(参考文献1)。

抗体検査の限界

抗体検査の目的は直近では2点考えられるだろう。一点は、治療のための診断。日本感染症学会が4月2日に公開した「新型コロナウイルス感染症に対する臨床対応の考え方」では、「イムノクロマト法による抗体検査は発症から2週間以上経過し、上気道でのウイルス量が低下しPCR法による検査の感度が不十分であることが想定される症例に対する補助的な検査として用いることが望ましい」としている。

あと当然ながら、COVID-19に特異的な治療薬は現時点ではないため、検査で診断されたとしても、対症療法が中心となる。

(患者の治療につなげることを検査の目的とするなら、特異的な治療薬がないまま且つ今後COVID-19が風土病として季節性の風邪のように定着していく経路をたどることを考慮すると、今後いつまでも診断にPCR検査や抗体検査が必要か?というそもそもから今後考えていく必要があると思っている)

もう一点は、疫学目的だ。今後、多くの人類がSARS-CoV-2の抗体を獲得し、COVID-19は通常のコロナウイルス感染症と同様に季節性の風邪のように定着していくと見られていく。そうした流れをモニタリングする上で、疫学目的の抗体検査は重要で現実的だ。

なお、仮に今後ワクチンができるとすると(できるとしても当分先になりそうだが。「SARS-CoV-2ワクチン接種には、臨床試験開始から18〜24ヶ月はかかる」参照)、予防接種対象者の絞り込みのため、抗体陽性の人は予防接種の対象から外すという運用もあり得るだろう。類似ケースでは数年前に風疹が流行したときは、ワクチン不足の懸念から自治体によっては最初に抗体検査を受けて陰性の人のみ予防接種をするという運用がなされていた(私は子供の頃に接種したか不明の年代だったので予防接種をしようと医療機関へ行ったところ抗体検査を受けて陽性だったので予防接種はしなくてすんだ)。

抗体陽性になった人から社会経済活動を再開するという事を言う人もいるが、そうした目的の抗体検査はナンセンスだと思う。抗体検査によって抗体が検出されたとしても、もう感染しない、他の人に感染させない、というわけではないからだ。再感染は起こりうるし、感染しても発症していなければ気づかず他の人に感染させる可能性もある。

抗体検査は目的によっては有用だし、良い検査手法を探索して見つかればすぐにでも始めるべきだろう。ただし、完璧な検査や調査はありえないし、出てきた数字だけではなく、必ず解釈が必要になる。今後研究としてであっても抗体検査を実施していく上では、目的の明確化とその一般の人への共有、結果の解釈の共有は必須だろう。

参考文献

1.「標準微生物学」(医学書院):学生時代使っていた教科書で、私が持っている版は古いですが、良い本です。