人間とテクノロジー

人間とテクノロジーについて、人と話したり、議論したり、思ったりしたことの備忘録

ディストピア化する社会とテクノロジー

先週号で、ディストピア小説の記事を書いた。

toyokeizai.net

 

去年末あたりから「ディストピア」についてEちゃんとよく議論をしていて、その議論の参考にとディストピア小説をよく読んでいた。ディストピア小説とは、ユートピアを目指していたはずなのにいつの間にか個人の自由が制限された全体主義的な管理社会となる社会を描いた小説だ。

ディストピア小説というのは、ジョージ・オーウェルの「1984年」「動物農場」、オルダス・ハクスリーの「すばらしい新世界」、伊藤計劃の「ハーモニー」あたりが代表だ。最近では、昨年芥川賞を受賞した村田沙耶香さんの「消滅世界」「殺人出産」もディストピア小説と言えるだろう。2014年頃の新聞記事を見ていたら、「殺人出産」に加えて、星野智幸さんの「呪文」もディストピア小説として人気、という記事があった。

ところで、年明けに米国でトランプ政権が誕生すると、海の向こうから「1984年」がベストセラーになっているというニュースが入ってきた。国内で翻訳本の売れ行きもいいという。

それで、記事になるかも、と提案した次第。取材をするといろいろと興味深かったです。日本では第2次安倍内閣になってから急速に「1984年」の売れ行きが伸びているとか、SF作家志望にとって「ディストピア」がメインのジャンルになりつつあるとか、記事には入らなかったけれど、2000年台以降、米国の若者向けには「ディストピア小説」の新刊のヒットが相次いでいるとか。

なぜ「ディストピア」についてEちゃんと議論をしていたかというと、技術(特に情報技術)と社会を取り巻く社会像や世界観の整理にあたって、そうなってほしくないと多くの人が考える社会像を「ディストピア」呼び、これを考え整理することで、現状とそうなってほしい社会像を浮かび上がらせようとできるのではないか、という意図だった。

そもそも「今がディストピア」だよね、というのがEちゃんと私の現状認識。

情報技術は、必ずしも人を幸せにはしなかった。もちろん、効率化と便利さをもたらしてはくれたけれど、一方で、あらゆる情報がデジタル化されて管理されるということは、まさに個人の自由が制限される管理社会そのものだ。それも、ビッグブラザー的な特定の権力者によるものではなく、不特定多数の社会全体の”善意”によってその全体主義化が推し進められている。

それに苛立ってもやもやとしていた。だから議論していた。議論したからといって解が得られるわけではないけれど。

ただひとつ、現状認識をする必要はあると思うのだ。人工知能がこれほどまでにブームになっているのは、その社会的影響の大きさのためだが、人工知能とはすなわち情報技術そのものだ。情報技術はこの30年で社会実装が進み、これからもさらに進んでいくだろう。

情報技術に加えてインターネットというネットワークが整備され始めた1990年代。多くの人たちは、知の民主化と真の民主主義が実現すると口々に叫んだ。でも、実際はそうはならなかった。まとめサイトに代表されるようなフリーで断片化されたクズ情報によって、コストを掛けた知が市場原理で排除されていき、フィルターバブルによって分断されたひとびとと情報、それにPost-trueth時代と呼ばれる、事実(ファクト)がないがしろにされ、それが政治と社会を動かしているのが現状だ。

これってすでにディストピア。でも、誰も悪くない。そうしようとしたわけじゃないのだ。みんな幸せになりたい、みんなでユートピアを作ろうとして、こうなっているのだ。

人って、そんなに賢くないし、愚かだ。だから、いつも立ち止まって、振り返って、ちゃんと見ないといけない。見たくないものも、自分の嫌な部分も、あるはずがないと思っている偏見を自分が抱えているということも。

そういう振り返りというか棚卸しがあって初めて、情報技術と社会のことをかんがえるスタート地点につくんじゃないのかなあ。

ノーベル・プライズ・ダイアログ東京2017から

ノーベル・プライズ・ダイアログ東京2017と題した、5人のノーベル賞受賞研究者ら国内外の著名研究者らによる講演会が今日、東京国際フォーラムで開催された。テーマは「知の未来〜人類の知が切り拓く人工知能未来社会〜」。正直なところ、人工知能をテーマとしていながら情報科学が専門外の方のセッションはどこかで聞いたことがあるような表面的な議論にとどまり、それほど議論が深まっていなかったというのが印象。

 

以下は「講演 “人工知能の未来と挑戦 (1)” -コンピューターサイエンスと機械学習-」と題したカーネギーメロン大学教授のトム・M・ミッチェル(Tom M. Mitchell)さんの講演のメモ。ほかにもメモをとった中から、アップします、気が向いたら。

 

AIは、私たちに2つの基本的な影響を与えているということが今日の私のメッセージだ。ひとつは、生活水準が大きく向上するということ。例えば交通渋滞の解消、洪水の対策、生産性の向上、行政サービスの向上などがある。もうひとつの影響は、その結果、倫理観や法律、冨の配分、我々の自己認識などについて、見直しの必要があるということだ。

AIの動向をもとに、今後10年間に何が起こるのか、我々にどのような影響があるのかを見直したい。

ひとつ、AIの大きな影響が、コンピュータビジョンといった知覚の技術だ。コンピュータビジョンの精度がここ5年で飛躍的によくなり、誤差レベルは人の視覚レベルにまで下がっている。短期間のうちに、大きな前進があった。

音声認識も同様に進展があった。マイクロソフトが昨秋公開した音声認識セットは、ほぼ人間と同じ精度で認識ができるようになった。

それからロボットは、自動走行車だけでなく、無人の飛行機、掃除機、農場や鉱山でも無人機が作業をしている。

もうひとつ大きいのがゲームといった合理的な認識の分野だ。昨年、Googleのアルファ碁は、人間のプロ棋士に勝った。ほかにもフェスやポーカーでも人間はAIにかなわない。

これらの背景には何があるのか?その答えはおもに機械学習が大きく進展したことだ。AI研究者の戦略が変わった。

かつての研究者の戦略は、アルゴリズムを書くというものだった。でも今は、トレーニングをさせる。大量のデータから学習をさせるのだ。

例を見せて機械が学習をさせる。例えば、母親の写真を判別したい。これが母親の写真、こっちは母親ではないと、正解と不正解の例を上げて学習をさせる。機械は画像のレベルで区別ができるようになる。それが機械学習だ。

従来のように一行ずつルールを書くのではない。この機械学習は様々な問題に汎用的に活用できる。すでに何千もの商業的な問題が機械学習によって解決されている。

例えば、電子カルテで肺炎の診断をするとする。分類して特定の治療が効果を挙げるか。クレジットカードの不正利用を判定できるか。機械学習やデータをつかって機械をトレーニングさせることが、今、AIが大きく伸びている根底にある。

すでに社会にはこれらのインパクトが始まりつつある。ここ10年以上続いているデータ集約型のエビデンスベースの意思決定がますます強まっている。これが生活のあらゆるところで見られる。それにビッグデータ機械学習で活用することで加速している。新たな経験主義の時代が始まっていると言えるだろう。

では、次のAIはどうなるのか?

自身を持って言えるのは、これからも機械学習の活用は進むということだ。より多くの組織がより多くのデータを集めている。内部プロセスの最適化や顧客ニーズへの対応がなさている。

もうひとつのトレンドは、人間を超える(superhuman)ような視覚や聴覚を実現するツールだ。すでに検証は始まっている。例えば私はコンタクトレンズをしているが、これによって視力を挙げている。コンタクトレンズや補聴器のように、人間の能力を超えるようなプロダクトは、ビジネスになるだろう。

もうひとつは、機械として本当に理解ができるものだ。検索エンジンはすでにありキーワード検索はできるが、検索エンジンは意味理解はしていない。今後AIの進展でテキストの理解を機械ができるようになれば、画期的なことになる。

なぜなら、コンピュータは人間の何百万倍もの書籍の情報を読み込める。検索エンジンが今のような形ではなく意味理解ができるようになれば、読書アシスタントができて、何を読み込めるのかをベースに一段落にまとめ、こういう引用がある、という情報として提供してくれることになる。

これが実現するなら大きな影響があるし、私は実現すると思っている。

もうひとつのトレンドとして、対話型アシスタントがより普及するだろう。今でもスマホに天気を聞けば答えてくれるが、より進んだものだ。

例えば、私はピッツバーグに住んでいるが夜雪が降ったら翌朝はいつもより30分早く目覚ましをかけてくれるアプリがあるといい。「夜に雪が降ったら30分早く目覚ましをかけてね」とアプリに言うと、でもアプリはそのやり方がわからないから教えてくださいと言う。では、天気予報アプリでsnowと書いてあれば雪が降るということだ、といったように会話で、自然言語で教える。これは、会話でプログラミングをしているということだ。雪が降る状態を検知さえすれば30分早く起こしてくれるようになる。これがAIの目指す方向だ。

これは10年で実現すると考えている。我々全てがプログラマーになるということだ。今でもソフトウェアの書き方を知っている人はいるが、何10億人という人が会話でプログラムができるようになる。カスタム化をしたりアイデアがある人達が桁外れに増えていくだろう。

これが今後起こりうるものの例だ。それが社会、我々の自己認識をどのように変えていくのだろうか。

まず、都市部における生活をかんがえるとする。自動走行車が出てきたらどうなるか。プラス面としては交通渋滞や事故がなくなるだろう。交差点でも人間をうまくかわしながら車同士が融通し合う。駐車スペースも増える。都市部で混雑していれば、郊外に駐車することもあるかもしれない。

車のセンサーが、都市の行政当局に情報を上げていき、都市の全体像が見えるようになる。センサーネットワークに支えられた都市が実現する。そこからのデータに対して機械学習を適用すると、予測ができるようになる。ある場所で人が混雑し始めたら、30分後にはどうなるのか、増えるのか減るのか予測ができるようになる。バスを増員するとか警察を出動させて群衆管理をするという計画をたてることができる。都市としてはより知的になる。

例えば救急車が自動走行車に停止するように指示するとか、オートバイが救急車の妨害をすることがないように操作をするといった、アクチュエータ管理も可能になる。

そうすると政府の役割が変わる。情報を使って何かを制御するかわりに、情報を提供することも必要になる。

もうひとつが雇用の影響。自動走行車が増えればタクシーは減る。しかし自動化が進まないものもある。逆に機械によって、人間の能力を超えるメガネや補聴器をつけて警備員はもっといい仕事ができるようになる。それからワークフロー支援もある。

AIはプラス面とマイナス面両方の影響が雇用の面で出て来る。仕事をやりやすくする面もあれば、なくなる仕事もあれば、新しい仕事も出てくる。再訓練も重要になる。

オンラインの学習システムはAIによってより柔軟に学習ができる。例えばUBERをやっている人はやりたいときに仕事ができる。AIによって乗客とドライバーをマッチングさせる、ほかにもマッチングはありうる。

一方で、一番気になっているのはこれ。AIの進歩によって全体的な雇用に対して影響はどうなるのか。富の分配について格差がさらに広がるということだ。AIによって全体のパイは広がる。ところが所得配分の格差が広がるとなると、AIを指示する人はいない。雇用でなくなる職業は、もともと高所得でないものということだ。

それに対してまず教育を向上させるためにAIを使うことになる。富の格差、所得格差には対応が必要だ。

一部の職がなくなる一方で、本当に必要なものはなにか。そこで職業訓練をする必要がある。

もうひとつ、考えたいのが、我々自身の自己認識はどうなるのかということ。私自身ネットで変わった。友人とのやり取りが増えた。テキストやメッセージ、Googleでの検索で知識レベルは上がった。

人間の能力を超えるようなメガネや補聴器が出てくると、私たちの体に対しても大きな変化がでてくる。そうすると、自分の価値をどう見出すかについても影響が出てくる。

最低限の所得補償がされても、コンピュータに仕事を奪われているということで、自分は本当に社会に貢献しているのか疑問を持つ。自分よりもコンピュータのほうが役立っているとなると、自尊心にも影響が出る。

AIが加速的に変化しているのは事実だ。

 

「「軍事研究」の戦後史:科学者はどう向き合ってきたか」(杉山滋郎、ミネルヴァ書房)

科学史が専門で、北大教授の杉山先生による「「軍事研究」の戦後史:科学者はどう向き合ってきたか」は、戦中から今に至る、軍事(安全保障/防衛)研究とアカデミアをめぐる出来事がまとまっていて、大変便利な本でした。

国の安全保障政策の動向はもとより、2015年度から始まった防衛省(防衛装備庁)の競争的資金により、アカデミアと安全保障技術研究のあり方が話題になる昨今、ここ70年くらいの間、日本人がどう向き合ってきたか、さらっと抑えられます。 

「軍事研究」の戦後史:科学者はどう向きあってきたか ( )
 

 この本では「軍事研究」は以下のように定義する。
(1)軍(および軍関連機関)が行う研究
(2)軍(および軍関連機関)が資金、設備、ロジスティクス、その他の面で支援する研究
(3)戦争や紛争に関連して用いられるもの、または用いられる可能性のあるものに関する研究

 防衛省および防衛装備庁はここでいう軍(および軍関連機関)に含まれる。防衛省(防衛装備庁)は2015年度にアカデミアなどでの「基礎研究」に研究助成をする「安全保障技術研究推進制度」を始めた。この制度についてはAERAでも書きました。

dot.asahi.com

それまでは、建前上、国内の大学などのアカデミアはいわゆる「軍事研究」には関与しないことになっていた。一般に、大学などのアカデミアの研究費は文科省からの運営費交付金の他、文科省経産省など各省庁の研究助成制度による競争的資金によって賄われる。公には戦後初めて、防衛省がスポンサーといういわゆる「軍事研究」と言われる競争的資金ができた。

そこで各大学やアカデミアで議論が起こり、昨年4月から日本学術会議が議論を始めた。学術会議は戦後2度にわたって「軍事研究」の禁止をうたっている。今回の検討では、その禁止の宣言が変わるのかどうかが焦点となっている。先日の検討会で出された声明案は、これまでの「軍事研究」禁止の方針を継承するものとなっている。

ということで、ここ数年アカデミアや科技系の記者の間では「安全保障技術研究とアカデミア」というのは大きなアジェンダになっています。

それでこの杉山先生の本。意外だったのは、日本学術会議を始めとしたアカデミアで「軍事研究」反対の機運が強まったのは、戦後20年かけてというくだり。第二次世界大戦での「科学技術動員」への反省、憲法9条を根拠に「軍事研究」を否定する声が大きいから、戦後すぐなのかとおもったらそうでもない。

そして戦後20年かけてというと、学生運動、左翼の活動、全共闘と重なる。この本は出ていないけれど、大学紛争時に東大全共闘が当局に突きつけた要求の中には学問の自由を守るために、産学連携とともに軍事研究を放棄することが含まれていたと聞いた。学問が独立して自由であるためには、産業と結びつかないこと、それを並列で軍事が扱われたということだった。(このあたり人から聞いただけでちゃんと調べていないのであやふやですが、ちゃんと調べます)

もうひとつ興味深かったのが、防衛省(当時は防衛庁)が90年代に文科省の科学技術振興調整費による競争的資金に応募していたという話。

いわゆる「軍事研究」といっても分野は多岐に渡る。工学だけではなく、理学、医学ももちろん含まれる。最近では日本学術会議で民生にも軍事にも使える「デュアルユース技術」について報告書が作られたのは、Natureに掲載された河岡さんたちによるインフルエンザウイルスの合成技術からの、バイオテロの懸念の議論がもとになっている。

その点から興味深いのが、旧日本軍に731部隊と、その跡地に戦後設立された予研(現在の国立感染症研究所)の体質、感染症研究にいつもついてまわる黒い影だ。だいたい731部隊の関係者は全員免責されたうえで米軍からの事情聴取を受けていて、いまだその内容は明らかになっていないし、責任の所在も不明なままにあやふやになっている。今の「軍事研究」とはまた別の話だが、このあたりと戦後の予防接種行政含む感染症対策とか、血液対策課あたりとかの関連性をちゃんと調べると結構面白いのだと思う。

 また個人的に興味を持ったのは、生物兵器とアカデミアという文脈で80年代後半に新聞を賑わせたのが、我が母校の北大獣医だった。公衆衛生学教室でハンタウイルスの研究をしていた助手の先生が、米軍の施設で研究をしていたことを毎日新聞が一面で扱った。

恩師に電話をしたついでに当時の話を聞いてみたら、「新聞社とかマスコミが毎日来ていて仕事にならなかった。●先生は相当悩んでいたし、大変だった」ということでした。仕事の邪魔をするのは良くないよね、自戒。

ということで読んで大変勉強になる本でした。

ちなみに私、北大の学部1年生だったころに杉山先生の科学史の授業をとっていましたが、ほとんど記憶にありません。ごめんなさい。今になって教科書をひっぱり出してきて読んでいます。

 

めんどくさい、は実はおもしろい、だったりする

この前の◯◯さん(上司)、なんだったの、めんどくさい。

と同僚が言い、私は何のことか、思い当たらなかった。
私にとっては記憶に残るほどめんどくさいことでもなく、重要なことでもなく、サラッとその場で聞き流して忘れてしまう程度のことだったんだろう。

めんどくさい、って後々まで記憶に残っていることって、実は自分が関心を持っている、自分にとって重要なことなのかもしれない。

テクノロジーも同じようなところがある。もっと正確には、意識しないほうがいいテクノロジーと、意識するテクノロジーの2種類があって、後者は、たぶん、めんどくさい。何かが引っかかって、それが大事。そこを区別しないと。

便利や効率化につながる情報技術は、基本的には前者だ。効率化をはかる情報技術は、目に見えないものの方がいい。私たちが意識しなくても、気付いたら効率化されて、便利になっている。そういう空気みたいな、テクノロジーがいい。

一方で、後者としての情報技術もある。問いをつくる、ようなもの。人に考えることを強いるもの。だから、めんどくさい。

でも、めんどくさいものが、記憶に残る。印象に残る。ずっと考え続ける。それで、あ、これはおもしろい、なのだと気づく。

WIREDの科学特集についてもやもやしている友達に話すことの整理

WIRED最新号の特集は「サイエンスのゆくえ」。

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村上陽一郎さんの寄稿を始めとして、科学哲学の色が濃い特集だ。これを読んだKさんがもやもやと感じていることをインスタでメンションをくれたので、今度会うときに彼女に話したいことを整理しようと思う。

編集長の若林さんの、科学とテクノロジーの現状認識は、とても悲観的だ。巻頭のEDITORS LETTER(私は若林さんが書く文章が好きなので、真っ先にここを読む)で、民主主義と自由経済にのっとった社会と、その上での研究者の認識の課題、科学とテクノロジーの現状についてこう述べる。

科学者や工学者が「ロマン」ということばをしきりに使ったり、子ども時代に見たマンガやアニメの影響を喜々として語りたがることに違和感を覚えるのはそれがまるで、動機の純粋さを語ることで自分たちの「価値中立性」が担保され、価値判断から免除してもらえることを望んでいるのように聞こえるからだ。

けれども、科学とテクノロジーと資本主義が巨大機構をなして、社会も人も置き去りにし(とくにはなぎ倒しながら)、もはや誰が望んだのかすらわからない「未来」を切り開いてしまう時代にあって、「純粋さ」は何をも担保も正当化もしないだろう。それに気づきはじめたのか、科学者たちは最近もっぱら「社会課題の解決」を語る。なんにせよ、いまどき科学をやるにはなんらかの免罪符が必要、ということになるらしい。

 

この息苦しさの理由として、若林さんは「自由がない」ことを挙げる。その上で、

「科学はどこからきて、どこへいくのか」という問いは、「科学はいかに『自由』を取り戻すのか」を意味しているのだと思う。

と締めくくる。

また、ウェブで公開されている「ポスト真実」と科学の終わりー特集「サイエンスのゆくえ」に寄せてとしたテキストも同じトーンだが、最後はより過激なトーンになっている。

wired.jp

科学が、その上に築きあげられた壮麗にして複雑な社会機構の奴隷になってしまっているのだとしたら、科学は自らをその軛から解放し、いまの「当たり前」に傲然と中指を立てることのできる場所を探すしかなさそうだ。

Kさんの違和感はきっと、なぜこんなに科学が大仰なものとして扱われているのか、という点のようだ。

それに対する私の答え、というか教科書的な答えはこうだ。20世紀に入ってから、科学は「制度化された科学」の時代に入った。政府や企業による制度のひとつのピースとして科学の研究は推進された。それを推し進めた原動力は、ひとつは戦争。もうひとつは、経済だ。その中で、本来異なるものであったはずの科学とテクノロジーは、両輪として扱われるようになった。日本の戦時中の「科学技術動員」はそのいい例だ(なお、戦後の「科学技術庁」をはじめとしていまだ行政用語として脈々として使われている「科学技術」という単語は、このときの科学技術動員に端を発している)

戦後日本は憲法9条によって戦争を放棄したことになったので、科学技術の推進の原動力は経済となった。

それでも、科学技術への期待がそれほど大きくなかったーというのは、産業とアカデミアが良くも悪くも分離していた時代のことだ。経済に貢献する研究は企業の中でやっていればよかった。予算規模が断然小さいアカデミアは、教育を盾にして、ある程度自由に研究ができたーころは、それほど注目されなかった。

ところが、先進国の経済成長が低迷するとー拡大と成長を前提とする資本主義では、常にフロンティアへと拡大をしていかないと、その状態を維持することはできない。植民地支配や戦争による領地拡大というフロンティア開拓の手段を失うと、自ずと成長は低迷する。成長をしないことはすなわち衰退なのだーフロンティアを、テクノロジーによるイノベーションへと求める風潮が高まった。それが幻想なのか現実的な解なのかは、わからない。ただ、社会経済、そして政治はそれを求めている。

だから、科学技術への期待が高まった。そして、より経済との結びつきが強くなった。これが私の科学技術の現状認識だ。この現状のフレームの中で、ものごとを考えざるを得ないのが今なのだと思う。

だから窮屈だ。自由がない。その点で、私の現状認識は若林さんとほとんど同じ。

では研究者はどうするのか。私が新聞社をやめてからこの5年、右往左往しながら手当たり次第にいろいろとやって考え続けてきたのは、そこだった。

社会と科学技術の距離が近くなった。社会が向かう方向性は不確実性にあふれている。誰もが解をもたない。

それならば、研究者は研究者以外の人たちと一緒に社会をつくっていったらいいんじゃないのか。というのが今なんとなく思っていること。政治、経済、社会の決められたシステムの中で決められたゴールに向かって駒のように研究を続けるのが現状ならば、そのシステムをつくるところから研究者が関与していってはどうなのか。システムの向かう先について、政治も経済も社会も解をもたないのだから。

っていうはやすし。。。すみません。

消極的に生きる

他の人がどう見ているのかどう考えているのかどう評価しているのか、気になる。でも目立つのは恥ずかしい。自分の名前が前にでるのは恥ずかしい。抵抗がある。でも自分のやったことは認めてもらいたい。認めてもらうには、他の人に共感してもらいたい。でも認められたいと思っているって他の人に思われたくない。そもそも他の人たちって何が好きで何をどう考えて何を求めているんだろう。。。
 
他の人のことなんかわからない。他の人が何を求めているかなんかわからない。だから他の人に共感してもらうのなんて不可能なんだ。なんだか疲れた。もうめんどくさい。
 
と、毎晩のように頭の中で独り言ちています。
 
見て聞いて話して、記録して記事に書く。記者は目立たない、裏側の存在。表には出ない、よって外のほかの人に共感してもらう必要も、評価してもらう必要もない。そういう新聞や雑誌といった紙の世界の記者の仕事をしてきたつもりでした。
 
でも、情報の媒体は紙からネットへと移行しつつある中、情報を媒介するメディアの記者のあり方も、そういった昔ながらの記者からの変化を求められているように感じだしたのは、新聞にいたころでした。
 
ネットへの出稿が求められると同時に、編集委員クラスは、記者の名前でビューを稼げる記者が求められるようになりました。
 
ネットの世界では声が大きくて目立つ、人の感情を掻き立てる、共感を呼ぶ人たちが注目を集める。そして、そういう「積極的な」人たちが世界の正しさを作っていくような、そんな風潮になってきました。
 
難しいことをわかりやすく。おもしろく。共感を集めるように。
 
でも、本当にそうなんだろうか。もっと立ち止まって、答えを出さなくてもいいからじっくり考える必要があるのではないか。
 
ということで、目立たなくてもいいから、答えを出さなくてもいいか、ゆっくりとじっくりと考えることができるように、消極的に生きるというあり方について考えています。
 
「消極的に生きる」。
企画は通っているんだけれど、いまいちまだもやもやしていて形にできていないんだよなあ。。。いろいろとお世話になっているみなさますみません。。

依存とコミュニケーション

*先月、依存の特集のために取材をしていたときに書いた備忘録

「ネット依存症」という疾患がある(もっとも精神疾患の国際的な診断基準には含まれていない)。ネット依存、というとSNS依存のように1日中ネットを見ている状態を指すのかと思ったが、そうではないらしい。

ネット依存症として精神科医の診療を受けているほとんどがオンラインゲーム依存の中高生だ。オンラインゲームが普及する以前の、据え置き型ゲームでは、臨床上精神科医にかかるようなゲーム依存に陥ることはなかったという。

ひとつは、ハードウェアの制限。据え置き型ゲーム機では、家でテレビの前でしかプレイができない。一方で、オンラインゲームではスマホであればいつでもどこでもプレイができる。

もうひとつはソフトの問題。据え置き型ゲーム機では、買い切りが基本なので、ゲームには終わりがある。一方でオンラインゲームでは、永遠に終わりがない作りになっている。終わりがない、だけではなく、飽きずに続けてもらう必要がある。ゲームでは、何かをクリアすることによる達成感という「報酬」を得ることができる。その報酬を得られ続ける設計がされている。

ということで、そもそもオンラインゲームは、ゲームを死続けやすい構造にはなっている。だが、それだけでは依存にはならない。

なお、依存そのものは必ずしも悪いわけではない。だが、臨床上問題になるような状態は、(1)社会生活を送る上で支障が出る(ゲームばかりやっていて朝が起きれない、学校や仕事にいけない、課金が支払い能力を超える)、(2)本人の健康状態に支障が出る(スマホの触りすぎで腱鞘炎になる)、(3)周囲に迷惑をかける(ゲームのやりすぎを家族に指摘されて暴力を振るう等)、の3点と複数の専門家が指摘している(他の精神疾患でもだいたいこの3点)。この3点に陥る依存の状態は問題があり、何らかの対応が必要と考えていいだろう。前述の「ネット依存症」として外来や入院する人たちは、概ねこの3点の状態になっている。

問題のある「依存」の状態に陥るには、ひとつはゲームそのものの特徴でもある「報酬」を得られ続ける体験に加えて、コミュニティの形成が重要になっているようだ。

ナビゲーションに地図はいらない

仕事がら、初めて訪れる場所へ行くことが多い。iPhoneのグーグルマップで目的地を検索して、iPhoneを見ながら目的地まで向かう。

正直、めんどうだ。いや、一昔前は地図をプリントアウトしてそれを持ち歩いて見ていたから、当時と比べたらプリントアウトを事前に用意して持ち歩かなくていいし、GPSのおかげで自分の位置がグーグルマップ上に表示されるし、便利になったといえば、なった。でも、スマホを手に持って見ながら歩くのは、正直めんどう。

「グーグルマップのナビゲーションって不完全で、本来なら目的地を入力したら、そこまで連れて行ってくれるといいじゃないですか」

って言っていたのはVRの研究室にいるNさんで、それを聞いて、おお、それだ、と私は膝を打った。

でもそれ、つい最近見たわ。と思い当たったのが、少し前に取材で乗らせてもらったテスラのモデルS。モデルSにはオートパイロットモードがあり、音声認識で目的地を指示すると、運転席横の大きなディスプレイのグーグルマップで行き方が表示されるだけでなく、自動走行でそこまで連れて行ってくれるのだ。

車に乗っていなくても、歩きでも、オートパイロットでナビゲーションをして欲しい。

ということで、明日発売号の地図特集にあたって、私が提案したのは「消える地図」。目的地まで行くナビゲーション用途の地図は消えていい、地図がなくてもナビゲーションはできる、という話。

NTTの研究所が10年ほど前から開発をしている「ぶるなび」はまさにそんなナビゲーションを実現してくれるデバイス。スマホを手に持つと震えて一定方向に引っ張ってくれるのだ。

手に持つだけで、スマホの画面を見なくても目的地まで引っ張っていってくれるナビゲーションが実現したら、いいなあ。。。

 

「日本のルィセンコ論争」(中村禎里、みすず書房)

※昨年、特定の人に読んでもらうために書いたもの。

 

日本のルィセンコ論争 (みすずライブラリー)
中村 禎里
みすず書房
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 ルイセンコ事件をご存知だろうか。1930年代のソビエト連邦で、独自の遺伝学説を唱えた農学者のルイセンコをソ連政府と共産党が支持し、その学説にもとづいた農業政策を推進する一方で、ルイセンコと対立する正統派の遺伝学者らを追放した事件だ。

 ところが、実際は農業生産の拡大に繋がらず、ルイセンコは60年代に失脚。ルイセンコの学説も否定される。ルイセンコに対立する遺伝学者は追放されたため、ソ連の生物学は大きな打撃を受けることとなった。

 そのため、ルイセンコの名は、「トンデモ」学説が政治とイデオロギーと結びついた悪い事例として、科学史の中では扱われることが多い。

 ただし、科学は常に大きく進歩し続けている。人の全ゲノムを数時間で読めるようになった今となっては、ルイセンコ学説は「トンデモ」に見えても、ワトソンとクリックがDNAの二重らせん構造を明らかにする以前もそうだったわけではない。本書は、ルイセンコ学説の是非をめぐる、日本の学者らによる「ルイセンコ論争」の詳細な記録だ。科学的知見と技術の限界から実験によって明らかになっていなかった生命現象に対する理論構築による飽くなき探究の一方で、科学者としての謙虚さを失ったことによる大きな誤謬の様子がわかるのが興味深い。

 ルイセンコは、後天的に得た形質である「獲得形質」も遺伝するとした説を唱えた。モルガン・メンデルの学説に基づく正統派遺伝学では否定されている考え方だ。

 ルイセンコ派の八杉竜一は「ルイセンコ学説は2つの点で革命的である。第一に形態を機能と切り離すことなく、ともに遺伝性の概念にふくませていること。第二に、生物と環境との関係を定義の中に入れていること」と言う。飯島衛は、ルイセンコ学説は細胞説の否定であり、全体論だと指摘した。

 ルイセンコがユニークだったのは、生命現象を理解するために、生物の機能に着目したという点だ。ルイセンコは生物の本性を、物質代謝の型とした。一方で、モルガン・メンデルから続く正統派では、生物の形態に着目して遺伝の研究していた。もっともこれは、生物の形態を指標にして調べるしか当初は手法がなかったためだが。

 つまり、細胞という要素に分解して深掘りして理解しようとする、要素還元主義の一般的な科学の手法に対して、ルイセンコはより高次から全体を通して機能をも理解することで生命現象を明らかにしようとしたのだ。

 ただし、ルイセンコは代謝過程のうちで当時の技術的に追求しやすかった生化学的アプローチをとったが、実際に機能を理解して高次の生命現象を追求するには、大きな隔たりがあった。そのため、ルイセンコ学説は実験による裏付けのない「トンデモ」となってしまったというわけだ。

 実際の実験と理論の乖離を見定められなかったルイセンコおよびルイセンコ派の学者たちには、謙虚な態度で対象に望むという科学者としての態度が欠けていたのは大きな問題だろう。

 だが、生命現象および自然現象そのものを理解したいという欲求と、要素還元主義の乖離による飛躍の罠は、科学者であってもなくても、常に身の回りに潜んでいる。

 現在の科学技術の研究では、分野をまたぐ学際研究が活発に行われている。例えば、日本政府が力を入れている再生医療ひとつをとっても、分子生物学、発生生物学、遺伝学、バイオインフォマティクスなど多岐に渡る分野の知識とアプローチが必要だ。科学誌ネイチャーにも論文が掲載されているある著名な再生医療研究者は、「要素還元的アプローチにはすでに限界がある」と言い、細胞などの要素だけでなく、それらの相関関係やコミュニケーションに着目して研究をしている。

 こうした、従来は要素を分解して深く掘り下げて研究されてきた分野を横断的につないで、全体を俯瞰し、生命現象や自然現象を理解しようとする試みは、むしろ現在では主流派になりつつある。このときに、知りたい全体像と技術的な限界とできることの見極めをする謙虚な態度は同様に重要だ。一歩間違うと、「ルイセンコ」になりかねない。

 もっとも、本書を素直に読めば、ルイセンコ論争を不毛な議論に終始させた、日本の学者らへの批判とそこから教訓を得ようとする態度が主題だ。

 論争に参加した学者らは、生物学上の学説とそれを政治利用するソ連政府の科学行政に対する批判的態度を欠いていたと、著者は批判をする。その上、論争は理論とイデオロギーにこだわるあまり、追試実験をしてルイセンコ学説を確かめるという作業を怠ることで、科学者としての責任も放棄してしまった。

 なお、あとがきの後を読むと、それまで読み進めてきた本書の印象は180度変わる。本書の初版はルイセンコ論争から数年後だが、初版から30年後の再版に際して著者が寄せた文章では、「ルイセンコ」になるかもしれなかった著者の告白が綴られている。著者は、ルイセンコ論争の観察者・記録者でありながら、当事者でもあったのだ。

 科学者にとっても非科学者にとっても、多様な情報があふれる複雑な社会の今だからこそ読む価値があるだろう。
 

「倫理」ブームと、「そもそも」から考えるということ

なんだか一部界隈で、「科学技術と倫理」というお題目がブームになっている。ここで言う「倫理」は、生命倫理環境倫理、情報倫理のいわゆる応用倫理とは少し異なるように見える。倫理、といってもESLI(ethical social legal issue)全般を含む。もっと言えば、「科学技術と社会のあり方を考えよう」といったばくとしたものだ。

なお、ブームになっている、というのは、情報の流れもあるが、いろいろなところで予算がつくようになった、ということ。情報、人の動きを加速するのは、結局はカネだ、この場合は政府の予算。

行政のカネの流れをみていると、ここ最近の「倫理」ブームに火を付けたのは同じくブームになっている人工知能だ。人工知能とシンギュラリティ、労働と雇用の問題、自動走行でのトロッコ問題と、「倫理」を考えよう、と声が出てきたのがここ1−2年。

「倫理」、というとまず、人文社会学系の研究者の領域だと考える。さあ「倫理」をやろう、となり、政府(科学技術政策の場合はだいたい文科省)は情報科学系(人工知能からの)といわゆる「倫理」に関する調査研究の予算を付けた。そして「倫理」をうたう研究者やプロジェクトが雨後の筍のように出てきて、(一部界隈で)猫も杓子も倫理と言っているというのが現状だと、観察している。

でも、それ自体はいい取り組みだと思う。情報化によって産業構造が変わりつつあり、それによって働き方や社会構造の変革も求められている中、情報技術と人間、社会のあり方をそもそもから考える、というのは、今求められているのは確かだ。

「そもそも」から考える。というのは現状の否定の含む。

だが、政府が予算をつけるということは、それが政策の推進を助けることで政府の安定化に貢献する、という大きな枠組み設定がそもそもにあるわけで、暗黙の了解として考えることができる範囲は決まっているようだ。

というのを強く感じたのは、先週末行ってきたある研究会。それは、先端的なテクノロジーの研究と、「倫理」についてそれぞれの研究者が発表し、議論をするという会だった。「倫理」側の専門家として、いわゆる科学技術社会論STS)分野の研究者3人が発表をした。

3人の発表を聞いて、奇妙に感じたのは、政治や経済の話題がほとんど出てこなかったこと。社会とか、市民とか、パブリックエンゲージメントといったキーワードは散りばめられているのに。

社会は、政治と経済の枠組みの中で、私たちは日々さまざまな活動をしている。だから、マスコミのニュースの多くは、政治と経済、それに事件などの社会のトピックスで構成される。それにもかかわらず、科学技術の研究者が「科学技術と社会」といったときに、政治や経済の話をする人ってほとんどいないよね、という話。

科学技術と社会のことを考えると、(1)現状の政治と経済の枠組みの枠内で最適化、またはハックする、(2)現状の政治や経済の枠組みを変えるような価値観を作っていく、の2通りがあると考えている。

で、あとからEちゃんとチャットをしていて、納得した。この日のイベントで研究者らが言う「科学技術と社会」というのは、「調整型」のことを言っているのだ、と。上記で(1)(2)に分けて考えていたことに近いことを、Eちゃんは「調整型」「再構成型」のそれぞれとして整理している。

科学技術と社会のことを考えるにあたり、「調整型」と「再構成型」の2種類があるとEちゃんは言う。いわゆるSTSなどで科学技術政策に介入し(ようとし)たり、科学技術予算を得て進めるたりするのは、「調整型」がメインだ。科学技術を推進して今の社会に実装し、うまくやりくりする(現政権だと、経済成長にいかに寄与するか、など「やりくりする」の目標設定は政府が行う)にはどうしたらいいのか?と考えて、調整していく。つまり、今の政治と経済の枠組みに最適化する、ということ(ハックする、変える、という思いで「調整型」を行っているのだとしても、現実を見ると最適化というか政策推進をスムーズにするためだなあ、、、と)。

一方で、「再構成型」とEちゃんが呼ぶのは、「そもそもから考えよう」ということ。これは必然的に、科学技術側から考えるのではなく、社会側から考えることになる。

科学技術と社会、といったときに、科学技術を主体に考える。でも、「再構成型」では、それで、本当の目的はなに?その科学技術と社会との関係をよくしていくのは、手段であって目的ではないよね?では、そもそもその科学技術必要なの?とそもそもから突っ込むということ。

「再構成型」を提案して実践しようとしているSTS研究者は、私は寡聞にして、Eちゃんくらいしか知らない。

ただ、ここ最近人工知能(というか情報技術全般)と、社会とのあり方や倫理といった議論が増えているのは(もちろん「調整型」もあるが)、社会のあり方、人間のあり方からそもそもから考えようと、という「再構成型」の流れなのだと認識している。

仲間をつくる

さて、プロジェクトの開始は決まった。とりあえずここではPJエマと呼ぶことにする。まずは仲間が必要だ。ほぼ1ヶ月間で、チームが出来上がってきた。

まず、前提としてEちゃんは仲間をつくるのがとてもうまい。これはもう彼女の才能だ。それでも、異分野の専門家や学生からなるプロジェクトを一緒に進める仲間ができていくプロセスの記録には意味があると思うので、書き留めておく。

PJエマには2つの目的(アウトプット目標)があるが、それらは互いに相互作用をするので、同時並行で進めることになる。Eちゃんは当初から目的①のためにKさんに声をかけていた。お好み焼き屋さんでの私との議論から出てきたのは目的②の方だ。①②ともに同時に進めるチームを作ることになる。チームのメンバーは、人文社会科学系の研究者、情報系の研究者、それに学生が当初から想定されていた。

さて、どうやって進めていくか。まずEちゃんが声をかけたのは、Eちゃんが主催する別のプロジェクトのメンバーたちだ。そこには人文社会科学系、情報系の研究者が数人入っている。

昨年12月、別件でとあるワークショップをEちゃんが企画した。Eちゃんが集めた参加者のひとりとして、私も招集された。社会人(私以外は研究者)から学生まで、20人近くが集められた。今思えば、そこに招集された参加者は、PJエマのメンバー候補者だった。

PJエマのコアメンバーになるK(Kさんとは別人)と出会ったのはその時だ。ワークショップで同じグループで、初めから議論を煽って飛ばしていたのがKだった。おもしろい奴がいると、思ったら、Eちゃんから、「あなた絶対好きでしょ。同じグループにしておいたから」と紹介された。つまり、KはEちゃんと似ているのだ。

ワークショップの後に参加者数人でカフェへ行き、そこでPJエマの話をした。この夜、おもしろいね、と全員が乗ってくれた。なお、夜も遅く、本来なら飲み屋さんに行くところが、Eちゃん、私、Kをはじめとして飲まない人が多かったからケーキとコーヒーを、ということになったのだ。

写真は夜カフェでのケーキ。2016年12月16日@神楽坂

当初からEちゃんが言っていたのが、ワークショップをすること。年末、Eちゃんとまた長い議論をした。私はたぶん産婆役なのだと思う。Eちゃんの中にあるものを、引き出して聞く。それをEちゃんはテキストに落とし込む。

ワークショップ日程は年明けの週末で2日間、決まった。カフェのときの参加者や、それ以外にEちゃんの知り合いなどにEちゃんがメールを送り、Googleフォームに書き込んでもらい、参加を募った。ワークショップの内容や場所は、Eちゃん、K、私でメールのやり取りで詰めていった。

1日目は3連休の最終日。2日目はその週の週末。参加者はそれぞれ15人、20人強が集まった。1日だけの参加の人も、2日とも参加の人もいる。私以外の全員が研究者。分野は人文社会科学系、情報系それぞれ。

ワークショップはそれぞれ6時間ほど。それから懇親会。ワークショップ、懇親会と続くと、それぞれパラパラと抜けていくが、その後の二次会にも残ったコアメンバーで反省会と次に向けたステップの議論を続けた。もっとも、飲まないメンバーが多いので、二次会と言っても、1日目はマック、2日目はワークショップの会場である会議室がある建物の別の部屋と、アルコールは入らず。コアメンバーは、1日目はEちゃん、K、Kさん、Tさん、私。2日目はEちゃん、K、Oさんに加え、Kが連れてきたUさん、Nさん、私。

1日目ワークショップ。毎回お菓子はたっぷりある。色んな人が持ち寄ってくれる。

2日目のコアメンバーの議論で気付いたのが、異分野でもともとのバックグラウンドや文脈が異なる中で仲間をつくっていく過程で、どのように文脈を共有するかということだった。目的①②について、表面的には言語化して、Eちゃんがテキストを作って、口頭で説明をして、共有をしてきたつもりでいた。ただ、その大前提となる文脈は語ってこなかった。Eちゃんと私の間では共有されていたが、Kをはじめ他の人たちとは全く共有してこなかったことが、この時に明らかになった。

「合う」「合わない」という人間の相性があるのだとしたら、私とEちゃんは、徹底的に合う。出会って2回目の時、「あなた、あたしだー!」とEちゃんは私を指差して言ってのけた。何かをやりたいと思った時に、それに対するスタンスや行動パターンが似ているのだと思う。それに加えて、科学技術と社会の関係については、重要だと思っていることの認識と、その上でのやりたいことが、多分、同じ。だから、空中戦の曖昧な議論でも、だいたいわかる。

でも、それが良くないこともある。Eちゃんと私の間では合意されていて、それ故それは大前提ですでに共有されているものとして、言語化していなかったことが、文脈だった。

それが、「現状認識」すなわち「世界観の共有」だった。「まず、Eさんの精神構造を掘る必要がある」とKは言った。今の社会をどのように認識しているか。そこがすべてのスタートになっている。このとき、産婆役はKだった。Eちゃんと私が交互に答えていった。1時間くらい議論が続いたのだろうか。

「あああー、やっとわかった!!」とKは言い、むしろ今まで共有されていなかったのか、と私はようやく気がついた。この時、Eちゃんと私が共感して共有していることについて、Kがインターフェイスとして外に出してくれたのかもしれない。

ただ、文脈の可視化を最初からしないでワークショップを実施したことは、実はよかった、というかそうしないと進められなかったと思っている。というのは、PJエマのような複数の領域の専門家が参加する場合は、それぞれが仲良くなってざっくばらんにガチに議論ができる状態をつくることが最初のステップだからだ。その場合、はじめからガチガチにフレーミングをすることで、議論のアジェンダから外れて抜け落ちてしまうことがあるし、参加する人を拒んでしまう。

 

 

 

「安心して炎上できる場」をつくる

「安心して炎上できる場」をつくりたい、という話を去年の夏くらいからEちゃんと話してきた。で、その議論から出てきたプロジェクトが、年明けから動き出した。

私にとってのきっかけはある研究者の研究。3年近く前、その研究の話を聞いて、2年半前に記事にした。当時、2014年はFacebookがタイムラインをいじって感情操作をするという研究がPNASに掲載されて、それなりに炎上案件として話題になっていた。研究としてはおもしろい。でも、オプトアウトなしでユーザーへの告知なしでタイムラインを操作することによる、ユーザーの感情を操作することの倫理的な是非が問われた。彼の研究は、それと近いことをしていた。ただし、目的は善意だ。情報提示を恣意的に操作することで、よい(とその研究者が考える)行動変容を促す。

エネルギーや物質といった資源に加えて、人間の活動に不可欠な要素として「情報」の循環を提唱したのが、1950年代のノーバート・ウィーナーによるサイバネティックスだ。さらに、情報技術の発展に伴い、またインターネットの普及に伴い、情報操作は容易になり、それによる人への影響も見逃せないほどになったのが現代社会だ。

それをサイバネティックス全体主義と呼び批難する向きもある。個人的には是非の問題ではないと思っている。その状態を認識するか、しないが問題だ。

とはいえ、強調したいのは、情報技術を開発する研究者も社会実装するエンジニアも、動機は善意にあるということだ。社会をよくする、便利にする、人間の幸せに貢献する、そのために情報技術を開発し、社会実装する。だが一方で、その人間への影響は計り知れない。社会実装してみないとその効果はわからない。

情報技術は、多くの人が知らないうちにすでに社会に実装されていく。オプトアウトが可能ではといっても、事実上多くの人には、その選択ができないのが実状だ。

例えばインターネット。もともとはDARPAのアーパネット。それを研究者やエンジニアが民生利用を始め、ボトムアップ式に広く社会で使われるようになっていった。一般のユーザーは、そこで選択権はない。気がついたら広まっている。使わない権利はもちろんある。だが、先進国で仕事をし、生活を送る上で、インターネットを使わないことは今や不可能だろう。

ところで、情報技術の研究のあり方そのものも変わりつつある。ある情報技術の研究者は、今や研究は実験室の中だけで完結することはない、と言う。ユーザーに広く使ってもらい、評価をすることが研究そのものになる。「こういうものを作ったけれど、使ってみてどうですか?」。それに対するユーザーのフィードバックが技術の改良になるし、社会実装にあたっての課題抽出にもつながる。

とはいえ、Facebookの感情操作の実験のように、社会と関わることは批判を受けるリスクを避けられない。人の価値観は、環境や時代に応じて変化するものだ。タイムラインが恣意的に代わることによりユーザーの感情が変容することは、特定の価値観にとっては倫理的に認められないというかもしれないが、別の価値観にとってはそれが便利であり人間の幸福につながるとして受けいられるものなのかもしれない。だが、炎上することで研究ができなくなるとしたら、社会全体の損失でもある。

だから、「安心して炎上できる場」があればいいのにな、と思った。数人なのか、数十人なのか、クローズドな場で、情報系研究者だけではなく、人文社会科学系研究者、企業の人、メディアの人、行政の人、普通の人、いろんなステークホルダーが、自由に議論をする。relfexive であることが重要で、その場の議論が、参加者それぞれにとってのフィードバックになり、持ち帰ってそれぞれの仕事や生活、活動にプラスの影響を与えるものになって欲しい。

もしかして実現できるかもしれない、と思ったのが、昨年6月の人工知能学会のあるオーガナイズドセッションだった。先の研究者が自身の研究の発表をしたあと、全体討論の話題はほとんど彼の研究と倫理についての議論になった。とても不思議なOSだった。人工知能学会は、もともと様々な分野の研究者が集まっている。とはいえ、情報系研究者が多い。その彼らが、ひとりの研究者の研究について、倫理的な側面も含めて議論になったのだ。でも、研究を批判しているわけではない。

そんな話をEちゃんとずっとしてきた。私はそれを、Project EMAと名付けた。EMAは、EMerging technologies And socistyから。

それが具体化してきたのが昨年末。Eちゃんとのお好み焼き屋さんでの議論から、その後別れて帰宅してから「ねーねー思いついちゃった!」との長電話がかかってきてから、Eちゃんがリーダーをつとめるプロジェクトが動き出した。そのプロジェクトの目的はまた別なのだけれど、「安心して炎上できる場」をつくる、そして情報技術の研究者によい相互作用が得られる場にしたいと思い、Eちゃんのサポートをしてそのプロジェクトを一緒に進めていくことを、決めた。

その時のお好み焼き。2016年12月3日の夜@渋谷。

ITと世界の分断、拡大する格差

最先端のITを理解して活用し、その恩恵を受ける人は、世界のわずかの人々なのだ、と彼女は言った。その資格を得られる人は、経済的にも文化的にも豊かな人々で、新しいテクノロジーを受け入れ、使いこなすだけの「リテラシー」を持つ。そりゃそうだ、1000万円の買い物を簡単にできる人は、そんなにいない。

限界費用ゼロ社会 <モノのインターネット>と共有型経済の台頭」(ジェレミー・リフキン/柴田 裕之、NHK出版)で、資本主義社会の発展における矛盾が指摘されていた。資本主義では、資本家の資本の増大のために、テクノロジーによる効率化・生産性の向上が導入される。だが、新しいテクノロジーの導入には投資が必要で、資本が大きくなりすぎるほど(例えば大企業など)、そのコストは膨らむ。そのため、大企業では資本家はよりレガシーなテクノロジーに固執する。特に市場を独占している場合は、社会全体で新しいテクノロジーの導入を阻むことで、自身の利権を守る。資本主義は、根源的にそのような矛盾をはらむのだという。

高度経済成長期に大きく成長した国内の大企業は、一般大衆を対象にモノやサービスを売っている。一般大衆の職場や生活には、化石のようなレガシーなテクノロジーしか入ってこようがないのだ。

「IT時代と言われたのはすでに30年前。当時の技術で出張精算の自動化くらいはできるはずなのに、未だに私たちは手入力で毎回申請している」と、出張中の羽田空港でM先生が嘆息した。

科学技術社会論の人たちは、科学技術の社会実装においては、人々の受容を議論することは多いが、経済の視点ではあまり語らない。だが、少なくとも先進国や日本においては資本主義に基づく経済システムがベースにあり、そこに乗らないテクノロジーは、社会に入ってこないシステムになっている。技術的合理性、生産性の問題ではない。ひとえに権力者の利権による。

戦後日本は、華族が廃止され、財閥は解体され、一億総中流と呼ばれ、社会階層に大きな格差はないとされてきた。「社会格差」が話題になったのはここ数年のことだが、言うまでもなく、政治・経済・社会は一部の権力者の利権によって動かされている。しかも、それは固定化している。

少なくとも、政治・経済の利権を持つ人たちは、一般大衆がテクノロジーにより豊かな生活を送ることを、目的にはしていない。どちらでもいいことなのだ、問題の本質ではない。彼らにとって重要な事は、自分たちの利権を守ること。そのために、忘れっぽい人々が覚えている限りの数年内に目立って褒められることを成し遂げること。50年後、100年後、1000年後の自分を含む社会全体のことを本気で考え取り組む権力者がどれだけいるのだろうか。

とはいえ、一部の「選ばれた人々」(利権を持つ人)自身は、最先端のテクノロジーの恩恵を享受する。だが、それと一般社会の人々がどうするかというは別のことなのだ。

今の日本は、自分が「選ばれた人々」に入るしかない。そういう社会を、格差社会と呼ぶのではないか。

紅白歌合戦2016ーPerfumeのダイナミックVRは次のVRの流れを作るか?

紅白歌合戦の楽しみは、演出のテクノロジー。テクノロジーの流行が反映されています。毎年楽しみなのがRhizomaticksが演出を手がけるPerfume。今回は「ダイナミックVR」と言うキーワードが。

床面と背面の2方面がディスプレイになっていて、そこでパフォーマンスをするという演出。背面のディスプレイは3分割されて、途中で移動します。床面と背面の映像がシームレスにつながって表現されているので、テレビ越しには、ディスプレイによってつくられた映像世界にPerfumeの3人が入り込んでいるように見えます。

このダイナミックVRの紹介動画は以下で公開されています。

これってCAVE!

と思ったら稲見先生がつぶやかれていた。

CAVEは1992年に米イリノイ大学の研究者らが開発したVRシステムで、没入型ディスプレイ(IPT)と呼ばれる。

VRはディスプレイの技術だと言われるが、VR普及元年と言われた2016年はPSVRやOculusのようなヘッドマウントディスプレイ(HMD)の発売が相次いだ。一方で、周囲の環境を再現することで没入感を増すIPTもVRのディスプレイのひとつだ。

HMDをかぶって装着するのは、身体的な苦痛を伴う。一方で、CAVE型のディスプレイでは、自分がいる空間を囲う壁に映像映し出されるため、HMDをかぶる必要がなくより自然に近い状態で体験ができる。もっとも、3D映像を体験するには、やはり3Dメガネを掛ける必要があり、それは難点だと思う。

1990年代には日本国内にもCAVE型のディスプレイが作られた。それが東大にかつてあったCABINと、岐阜県に今もあるCOSMOSだ。

どちらもCAVEを参考にして作られたことから、CAVEに敬意を払って”C”から始まる名前をつけたという。しかも、アルファベットの数がスクリーンの数に対応している。つまり、イリノイ大学のCAVEは前、左、右、床の4面がスクリーンだが、CABINは前左、右、床、天井の5面がスクリーン、COSMOSはそれらに加えて後の6面がスクリーンだ。

CABINは数年前に体験させていただいた。3Dをメガネをかけるとはいえ、高い没入感があった。なくなってしまったのが残念。

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東大のCABINは2012年末を最後に撤去されてしまったが、COSMOSはまだ現役と聞いた。

ところで、筑波大に一昨年つくられたエンパワーメントスタジオもIPTだ。体育館ほどの広さがあり、天井以外の5面に映像が投影されている。ただし、広さのために解像度が低いためか、没入感はCABINほどではなかった。

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研究としての VR研究が盛り上がったのが1990年代。当初HMDから、IPTの開発へという研究の流れができた。

一方で、VR普及元年と言われた2016年は、一般向けのHMDが数多く登場した。今後、VR普及の流れはIPTに行くのだろうか。HMDは個人のみのVR体験だが、IPTは同じ空間にいる他の人達とVR体験を共有できる。

ところで、HMDが流行る数年前からパブリックスペースで増えたプロジェクションマッピングも(紅白でも椎名林檎TOKIO東京都庁での演出などに使われていた)、IPTのようなものでは。

いずれにしてもIPTの実現には空間とコストがかかるので、それを超えるだけのインセンティブが必要。HMDは今のところゲームくらいで、まだキラーアプリがないのが現状だろう。多くの人が同時に体験できるIPTは2020年五輪がキラーコンテンツになるのか、ならないのか。

個人的にはHMDが嫌いで、普及するなら2段くらい飛ばして侵襲型BMIでいいんじゃないのか、と思っていますが、、侵襲型BMIの実用化は自分が生きている間に実現しそうもなさそうなので、その前にIPTがもう少し普及してもいいのかなあと思います。

 

 

 

2016年に書いた記事振り返り

2016年は記者(週刊朝日編集部)から編集者(医療健康編集部)になり、また記者(AERA編集部)に戻るという慌ただしい1年でした。分野も、週朝では政治から経済からなんでもやっていたのが、医療健康編集部では医療や医学部、医師が対象、AERAでは医療や科学技術系(とはいえなんでもやるけど)と部署ごとに変化がありました。あと他媒体でのお仕事も少しずつさせて頂いてありがとうございます。科学技術や医療は10年近くずっと取材してきているので、書ける場があると、たくさん書きたいこと書くべきことが出てきます。

起こっているファクトを取材して記録して伝わるように記事にするのが、新聞時代からやってきた記者の仕事。それに加えて、何を取材して書くべきかというアジェンダ設定に対してより自覚的になってきたのがここ数年で、その点では去年よりは今年のほうができるようになってきたように思います。

一方で、取材して書く、というだけでなくそれをもう少し推し進めて、形がないところから取材先も含めてみんなで一緒につくっていくという仕事は、新聞社を辞めた時からずっとやりたいと思っていながらなかなかできていません。つくっていく、というのは記事やメディアそのものというよりもっと大きな、メタな考え方とかあり方とか概念とかシステムとかなのかなあ。ぼやっとしていますが、その具体化も含めて、来年の課題です。来年のテーマは「定点観測ブイかつ船になる」。

印象に残っている記事のうちネットで読めるものをいくつか。週刊朝日AERAは紙媒体とウェブでは見出しが違うし、ウェブでは記事全体が読めないものもある。ややこしい。

直撃アンケート一挙公開 “サボリ”衆参議員65人全リスト (週刊朝日)
NPO法人「万年野党」が毎回集計している、国会議員の質問回数、議員立法発議数、質問主意書提出件数の調査をもとに、それらがすべてゼロの議員全員にアンケートを送った上で、何人かに取材に行ってつくった記事。

内閣官房参与・浜田宏一が安倍政権へ警告「損のリスクも国民に説明を」(週刊朝日)
→お話を伺いたかった浜田先生のインタビュー記事。クルーグマンとの共著の本も参考になったし、マクロ経済への勉強熱が高まったインタビューでした。

世界に遅れる日本の「人工知能研究」のお粗末(Forsight)
→Forsightに初めて書かせてもらった記事。読者層や他の記事とトーンが違うので科学技術系は読まれないかなあと思っていたら、結構読まれていたということで、人工知能ブームということはあるけれど少し自信になりました。

ロボットが介護する日がやってくる 歩行を支援してリハビリ 腰痛予防の装着型ロボット (週刊朝日)
→60歳以上という読者層を意識したロボット記事。ロボットやAIといったテクノロジーは新聞時代から取材してきたけれど、媒体によって読者対象や媒体の特性が違うので、同じことを同じように取材しても全く違う記事になることを意識してつくりました。

空間知覚をハックして、狭い室内を無限にまっすぐ歩き続ける「無限回廊」VR(WIRED)
→昔からお世話になっている研究室の成果で、ツイッターで稲見先生がつぶやいているのをきっかけに取材に行って書いた記事。

数学者と医師が語る、医療ビッグデータの活用法(Meet Recruit)
→記者レクで聞いた河原林先生の林と、勉強会で聞いた木村先生の話が、違う分野にいながら同じ問題意識を抱えていて、この2人が話しているところを字にしたいなあと思って実現した企画。

ところで、記事になるならないは別にして、この人とこの人をくっつけたらおもしろそう、と思ってくっつけてみるということがとても多いこの1年でした。来年はそれを何らかの形(記事以外でも)にできるといいなあ。そこに自分がどう貢献できるか。

菊乃井店主とVR研究者が語る、和食の未来を作るテクノロジー(Meet Recruit)
→上記と同じ理由で記憶に残った記事。

ケヴィン・ケリー氏が語る、VRとAIがもたらす「必ず来る未来」(Huffinton Post)
→師匠・桂さんが翻訳したKKの新刊「〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則」イベントのレポート。KKのお話聞くのは、「テクニウム」で来日された時から2回目。尊敬する好きな人たちから日々刺激を受けて生きています。

お手上げ医師助ける人工知能 遺伝子を調べてがんを特定する(AERA)
→「医師・医学部特集」の中で書いた1本。それを人工知能と呼ぶかどうかは別として、医療現場でのIT導入はすでに確実に来ている流れで、それが医療制度や医師のあり方の変化に大きく関わるのでこの所よく取材しています。

10年遅れの男社会だ 女医の3割が結婚・出産などで離職 (AERA)
→これも「医師・医学部特集」の中の1本。ジェンダー関連の記事を書いたのは初めてかもしれない。科学技術や研究者の世界においてもこれも避けて通れない流れ。女性に限らず働き方やダイバーシティは、アカデミアにしろそれ以外にしろちゃんと見ていきたい。

「役に立つ」より「面白い」 ノーベル賞の大隅良典さんが問題提起(AERA)
ノーベル賞受賞が決まった時の記事。記者会見での私の質問に対して答えてくださった大隅さんの言葉からふくらませていって、この形の記事になりました。ちなみに直後の個別インタビューの日程を一旦確定させたあと潰した東工大の広報に対しては信頼ゼロになりました。

抗不安薬 処方箋でも薬物依存 あくまでも”補助”(AERA)
→「薬特集」の中で書いた1本。精神科医療は8年くらい前から取材している分野で、また最近集中的に取材しようと思っています。

「軍事研究」解禁 民生を追う防衛 防衛予算での大学研究、戦後70年目で転機(AERA)
→「自衛隊特集」の中で書いた1本。安全保障研究もしくは防衛研究と大学に関しては、SCHAFTの人たちを取材していた2013年頃から興味を持っていました。しばらくまだ見ていきます。

世代間格差で劣化する研究 研究費獲得競争と任期付き雇用で疲弊する現場(AERA)
→「大学特集」の中で書いた1本。若手研究者、大学、研究費、この問題もここ数年悪化する一方なので、憂いているばかりではなく、かといって書いていくだけでなく、どうしたらいいのかなあともやもやとしています。

最初の国会議員アンケートの記事について捕捉。与党議員が質問しないのはあたりまえ、というのは国会提出前に政調とか与党内ですでに調整がついているからなのだけれど、派閥が弱くなると与党内の多様性がなくなりしっかりした議論ができないまま国会に出されているという話です。政治部記者にとっては当たり前すぎて(でも国民にとっては当たり前じゃない)取材もしない話だけど、表に出ている数字からみていくと一連の流れが可視化されて、伝えられることがあるんじゃないかと。

データをよく見て、それを元に色んな人に取材していくと「そういうもの」と思われているが、「本当にそれでいいの?」と見えてくることがたくさんある。政治じゃなくても政策にしろ医療にしろ、こういう仕事をしっかりやっていきたいというのも来年の課題。新聞時代の師匠が医療記事で年末にすごく良いお仕事をされていたのを見て改めてそう思いました。

ところで去年から委員をやっている人工知能学会倫理委員会も、今年は6月の人工知能学会全国大会でのセッションと倫理綱領案の作成と、大したことはしていないけれど、少しは貢献できたような気がします。年明け1月には倫理綱領を確定させて公開まで持っていければ一段落。

個人的には倫理委員会の取り組み自体が、科学技術社会論STS)界隈で最近よく言われている「責任ある研究イノベーション(Responsible Research and Innovation, RRI)」の具体例になるのだろうなあという点に関心があります。このあたり、倫理委員会に限らずもう少し考えて何かまとめられるといいなあ。

それと、記者とメディアそのものについても、考える点は多く、情報流通がネットが中心になりつつある中、紙中心のこれまでの報道メディアの記者や記事のあり方も変わりつつあります。welq的な内容が不正確という点で質は低いが読みやすく消費されやすい記事のあり方、ウェブライターのバズらせるあり方は、あまり好きではありません。でも、ウェブで読まれるのはそういう記事。

特に医療や科学技術、研究者の分野ではそのような記事やメディアのあり方がよいとは思えない。ただし、読まれなければ、ないのと同じ。とにかく手を動かしながら考えるしかないのかなあと。。来年はウェブで読まれることをもう少しは意識しつつ、でもあんまり迎合しても良くないし、バランスを見ていければと。

今年を振り返ると、来年の課題がたくさん見えてくるけれど、来年の目標はまた年明けに書こう。