人間とテクノロジー

人間とテクノロジーについて、人と話したり、議論したり、思ったりしたことの備忘録

昭和6年(1930年)の曽祖父一家の引っ越し

「家計の縮小をはかるため、先祖伝来の西間門の家を去って、沼津の真砂町に移転、父の五十才頃ですので、経済的には最も困った時代と思います」

 曽祖父の三周忌に当たる1974年、その妻と7人の子がつづった「父の思い出」という小冊子の中で曽祖父の長男・喜一が記した、昭和6年(1930年)の曽祖父の家の記録だ。

 西間門の家は子供たち全員に乳母が付き女中さんが複数いる大所帯の屋敷だったそうで、そこを出て真砂町の借家に移らざるを得なかったことは、喜一らの記録を読む限り、一家没落の象徴的な出来事だったようだ。

 曽祖父の家は片浜村(当時)の地主一家の分家で、その頃には本家も傾いていたようで「当時、小作代より税金の方が多いとか、父から聞いた覚えがありますが、長倉本家の田畑の整理にも、父が大いに骨折って、本家によく出入りしていました」と続く。

##

 曽祖父のキャリアは銀行業から始まった。本家が出資し経営に携わっていた駿東実業銀行(駿河銀行)に19年にわたり勤め、1917年36歳の時に独立。だが、製紙、ゴム、人造醤油など次々と会社を作っては失敗しを繰り返した。

 曽祖父の名前で国会図書館デジタルコレクションを検索したところ、書籍『千本松原』(沼津出版社、昭6)に、曽祖父について2頁書かれていた。筆者は茂野染石と言う人で、1929年2月から1930年1月まで「沼津通信」に連載したコラムから収録した書籍という。

https://dl.ndl.go.jp/pid/1175167/1/82

 その中で曽祖父に対してこう言及している。「その東洋加工紙も例の財界の好況時代には一時利益をあげ、君も其の重役として気炎を吐いたものであるが、財界の逆陣と同時に同社も解散の悲運に陥り、君も又外に活路を求むるの余儀なきに至り、各方面に飛躍を試みたが遂に其の志を遂げることが出来なかった」

 そもそも事業の才格は全くなかったようだ。『千本松原』で筆者はこう続ける。「君は其風格からして守成の人であつて創業の人でない。モット明瞭に言ふと最初から事業界へ踏み出したのが錯誤だった」。

 曽祖父は1920年の戦後恐慌で、その財産の多くを失った。「大正9年1920年)のパニックは、一朝にしてすべてを無に帰し、自分の財産の殆どと、長倉本家の財産の相当のものを吐き出して、他人の迷惑を最小限に押さえて、収拾したと思います」(「父の思い出」の喜一の記録より)。

 その後は銀行業に戻り、駿河銀行との合併のあたり、富士銀行側と加島銀行側のそれぞれに入り整理をするなどしたようだ。

##

 昭和6年(1930年)はどういった年だったのか。『千本松原』は当時の沼津の経済界や文化界隈の人間模様や出来事が描かれている。「夜逃する迄」という一節にはこうある。

「夜逃げといふと、決済月の七月とか十二月とかに限られて居つたものですが、此の頃では不景気の故か、無性矢鱈に夜逃げが流行して殆ど季節知らずの感があります」。ほかに、「夜逃げした人々」や芸妓の夜逃げや没落なども描かれ、昭和恐慌の影響で庶民にとって経済的に苦しい時代だったことがわかる。

 曽祖父にとっても苦しい時代がしばらく続いた。「真砂町の借家に於ける生活は、昭和二十年(1945年)の春まで続きます。昭和十三年(1938年)五月、東洋醸造に入社するまでは、前述の土地会社や、在家の田畑の整理や、炭の売買やらやつて来たようです」(「父の思い出」の喜一の記録より)。

 1938年に57歳で東洋醸造に入社し監査役などとして21年務めた後、東洋醸造旭化成の資本参加を受け傘下に入ったことを機に1959年に78歳で退社、喜一が代表を務める会社の監査役になると同時に愛知の喜一一家と同居し晩年を過ごす。なお東洋醸造は酒造・製薬会社だが、祖父によると曽祖父は下戸で全くお酒が飲めなかったそう。東洋醸造入社の経緯は喜一の記録によると、「東洋醸造の大株主で大債権者である駿河銀行の頭取、岡野さんが、父をお目付け役として差し向けたものと、思われます」。

##

 曽祖父は自分よりちょうど100年前に生まれた。100年前の人間から何か学べないかと調べてみたら、90歳で亡くなるまでの経歴をたどると、日露戦争の好況、1920年戦後恐慌、1930年昭和恐慌、第二次世界大戦、高度経済成長期など明治末から昭和の1世紀の歴史をさらってみているようで面白かった。

 国会図書館デジタルコレクションは、古い官報や経済関連記録をオンラインでも読めるので、明治以降の曽祖父の会社登記やら役職人事やらも確認できて、祖父から聞いた話や「父の思い出」の記録の裏取りもできて便利でした。

 なお、曽祖父は会社をいくつも作っては潰し、時代の影響もあったとはいえ一家の財産をすっからかんにした一方で、女子2人含む7人の子供たち全員を大学など高等教育まで受けさせ、男子はほとんどが会社経営者や学者になったので、きっと立派な人だったんだと思います。私生まれる前に亡くなっているので知らないけど。。。

 

2023年振り返り

2023年最後の日なので今年振り返り。ここ10年くらい気になっている技術ガバナンス、マルチステークホルダー対話プロセスが公私共に根底にあって、会社仕事ではAIを見ているとG7デジタル・技術大臣会合やIGFの取材など通じて両者について色々と考えることがありました。コロナがあけて移動やらなんやらが増えたので体力のなさが露呈しよく死んでました(おおげさ)。会社の仕事、学業、趣味(って言い方がいいのかわからないけど仕事じゃないし学業でもないし、勝手にやってるなんと言っていいのか分からない業務外活動・・・)のバランスがまだまだ会社仕事に寄りすぎているので、バランスよく生きたいものです。

以下短く月別振り返り。(高橋さん振り返り見て月別いいなと)

1月

  • 【趣味】立ち上げから進めてきたデッカイギが6〜7日に実現して、色んな方たちに感謝したし色々考える事がある年明けでした。終わったあと丸2日くらい寝てた。
  • 【会社仕事】個人データの一次利用と二次利用を整理したくて後輩と一緒に「本人のため?社会のため?パーソナルデータ活用の現在地」という特集を作りましたが、ちょっと消化不良で、特に医療とか政策や実装の状況見ながらまたやりたいテーマです。

2月

  • コロナ罹患で死んでいて(おおげさ)記憶がない。在宅勤務で仕事していたけれど外に出られないので東京都の食料支援(ダンボール2箱)には助けられました。

3月

  • 【会社仕事】映画「Winny」の監督らのインタビューとか現職場来てからは珍しいお仕事とかありました。昔は科技みたいな読者ウケしない話伝えるのにSFとかエンタメの切り口で見せるみたいなのたまに実験してましたが、現職場でもできるのかしらとか思った記憶があります。

4月

  • 【学業】情報法やりたくて中央大学大学院国際情報研究科修士課程の1期生に入学しました(社会人大学生)。
  • 【会社仕事】番号法改正に関連して「徹底解説、マイナンバー制度は「便利」になるのか」という特集を作りました。特集作ってるあたりからコンビニ交付とかマイナ保険証とかの問題の報道が増えて、引き続き夏くらいまでマイナ関連の取材・執筆が増えました。オンライン資格確認は前職からずっと見ていたので色々書くことがありました。
  • 【会社仕事】G7デジタル・技術相会合の取材では、AIめぐるガバナンスやマルチステークホルダー対話プロセスが気になりました。
  • この頃猫も杓子もChatGPT状態だったので、とりあえず課金して遊んでみたりとかしてました。

5月

  • 【会社仕事】「詳説ガバメントクラウド、政府・自治体システムの移行始まる」という特集を作りました。(甘すぎるというおしかり?を一部からは受けましたがw)
  • 【趣味】やまたつ先生、鳥海さんたちの仲間に入れていただいている情報的健康のプロジェクトで提言ver2を公開しました。

6月

  • 【会社仕事】マイナ紐付け誤り問題の取材が多かったような。

7月

  • 【会社仕事】「どうなる、ChatGPT時代のAIルールづくり」という特集を作りました。ChatGPTあんま関係なくて、生成AI含む政府とグローバルのAIガバナンスの話です。

8月

  • 暑くて死んでいて(おおげさ)記憶がない。

9月

  • 【会社仕事】「デジタル庁の2年間を検証、行政デジタル化は進んだか?」という特集を作りました。今の職場に来てから毎年この時期に行政デジタル関連の特集を担当していて、今回で4回目になりました。
  • この頃から標準化でガバクラ移行後の運用コスト増問題の話題が大きくなってきた気がします。同時に界隈のツイッター(X)の治安も悪化傾向に。

10月

11月

  • 【趣味】人工知能学会学会誌に6月の全国大会で企画担当した企画セッション「コンピュータサイエンス人工知能分野における多様性・公平性・包摂性」のレポートを寄稿しました。もともと高野さんと1月のSIAIで関連のセッションを企画したのから始まり、高野さん委員長の人工知能学会多様性・包摂推進委員会の発足につながり、こっちの委員もやってます。D&IEむずい。

12月

  • 【学業】修論中間報告があり、指導教官にご迷惑おかけし迷走していた研究計画はだいたい見通しが立ってきた気がします。「労働分野でのAI活用と労働者のプライバシー・個人情報保護に関する法的課題」がテーマです。がんばるます。

 

おまけ

FBで共有した、元上司のマネして以下2023年に書いた記事で印象に残っている10記事。技術ガバナンスやマルチステークホルダー対話プロセスはAI見ていると気になることたくさんあって大変勉強になったのと、行政デジタルはガバクラに始まりガバクラに終わった・・・。

編集担当させていただいた以下の2つの連載は筆者陣が素晴らしく(著者の皆様本当にありがとうございます)、自分で書くよりはるかに良いコンテンツなので、寄稿連載の企画・編集もっとやりたいです。。。(上からはとりあえず自分で書けと言われるが。。。)
2023年G7で注目、DFFT徹底解説
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/02299/
AI法規制、世界の潮流
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/02560/
=====
ガバクラ本格利用開始
https://xtech.nikkei.com/.../mag/nc/18/121900332/121900002/
個人情報保護法はプライバシーを守るか?防犯カメラ顔識別報告書が示した意義とは
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00138/013001211/
霞が関の「上から目線」ではだめだ、ミスター・マイナンバーが語る課題と今後
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/02420/041100005/
G7官民で同床異夢のAI規制、「ガードレール」をどうつくるか
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/02444/050800003/
EUが目指す「AI法」、肝となる「標準規格策定」に日本から提案なるか
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/02519/071000005/
AIを巡る日本発の国際ルールづくり、初の「マルチステークホルダー対話」とその限界
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/02610/101000001/
ネット上の誤情報・偽情報対策、かみ合わないビッグテックとの対話
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/02610/101100002/
自治体システム標準化、ガバクラ移行で運用コスト2~4倍に悲鳴「議会に通らない」
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00001/08519/
派遣社員の顧客情報900万件持ち出し防げず、NTT西子会社のずさんな内部不正対策
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00001/08537/
AWS寡占」「運用コスト高」と問題山積、円滑なガバクラ移行へ迅速な情報公開を
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00138/122201435/

 

本年お世話になった皆様ありがとうございました。年明けは【趣味】デッカイギから始まり、【会社仕事】は9日からです(4−5日はデッカイギのため年休とった)。2024年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

私から見た、デッカイギができるまで

2023年1月6日〜7日に開催した行政デジタル改革共創会議(デッカイギ)は、協賛企業やスタッフ含め約300人(このうち公務員約200人)が参加し2日間の日程を無事終えました。参加者、登壇者、協賛企業の皆様に厚く御礼申し上げます。また何より9月11日のブレストから4ヶ月間一緒に準備をしてきた実行委員の皆様、運営スタッフの皆様に心から感謝いたします。この4ヶ月間楽しかったです。

www.dekaigi.org

togetter.com

 

前日から3〜4日間あまり寝られず元々体力がないので2日間ヘロヘロで乗り切り、その後2日間ほぼ寝倒し(連休でよかった)、平日は(デッカイギ準備と本番のため年休消化して)積んでた仕事をし、ようやくちょっと時間ができたので、自分にとってデッカイギが何だったのか理解するためにもこれまでの経緯を振り返ります。皆さんそれぞれにとってのいろんなデッカイギがあると思うので、あくまで自分にとっての経緯の振り返りです。


1.背景:取材していて普通にしんどい

コロナ禍を契機に行政デジタルを取材するようになりました。中央省庁、自治体、事業者などいろいろな方たちに取材させていただく中で、現実の課題解決のために行政デジタルを進めるそのプロセスにおいて、インセンティブがなかったり利害が衝突したりコミュニケーション上の課題があったりと、ステークホルダー同士の関係性の課題が前へ進める壁になっていると感じることが多々ありました。取材していて普通にしんどい。

たとえば、同じ案件について、デジタル庁のAさんとB自治体のCさん、D自治体のEさんの話をそれぞれ伺った時、同じ案件なのに全然異なる事実認識や意見がそれぞれ出てくることはよくあることです。でもよく聞くと、それぞれがおっしゃることはわかるし納得する。それぞれ目的が違うとか、問題や事実の認識が違うとかで、噛み合わないこともある。ただ、ちょっと目的設定を調整して、お互い同じ方向を見るようにしたら、きれいに回りだすんじゃないかなと思うこともあります。

自治体システム標準化、ガバメントクラウドへの移行、公共サービスメッシュなど、行政デジタルでは困難だがやらないといけないことが大量にあり、その背景には2040年問題があります。そもそも、行政デジタルにしても現実の課題をどう解決していくかというのは、ITの技術だけではなく、法制度、政治とのバランスの中で前へ進みます。デジタルだけでは課題解決になりません。それらはそれらのアクターである様々なステークホルダーが足並みをそろえて課題解決に向かわないと進みません。

なぜ、行政デジタルがうまく進んでほしいか。個人的な理由もあります。

特に長生きしたいわけではないけれどいろいろ図太い長寿家系なので普通に生きているとあと80年くらいは生きそうな自分としては、今後社会保障制度はじめとした行政機能の現状レベルの維持が全く期待できない絶望的な未来をちょっとでも楽しく生きるために、ちょっとした希望を行政デジタル改革に託している面もありました。普通に楽しく生きたい。

2.目的:解決策としての「安心して炎上できる場」を作りたい

話を戻して、行政デジタルを進めるアクターであるステークホルダーのコミュニケーションの問題があるとして、その解決には、ステークホルダー同士の信頼醸成をどうしたらいいのかなと考えていました。そういうときに頭にあったのが、エマちゃんとよく言っていた「安心して炎上できる場」です。

安心して炎上できる場とは、異なる利害を持つステークホルダーが、心理的安全性を確保して、攻撃的にならずに、相手に敬意と信頼を持ってわいわいできる場で、ちょっとヤバイ話でも突っ込んで議論して、じゃあどうしたらおもしろくできるかね?どうしたら解決できるかね?っていう話をみんなでできる場のことで、エマちゃんと勝手にそう呼んでいました(最初エマちゃんは闇鍋会とか呼んでたけど、たぶん鳴海さんだったかが安心して炎上できる場というようなことをポロって言ってそれいただきとなった記憶)。AI倫理みていくうえでそういう場を作りたいということでエマちゃんとは考え方が一致していて、安全保障とAIとかディストピアとかでセミクローズドの勉強会やWSをコロナ前はよく一緒にやっていました。

異なるステークホルダーが一緒に何かに取り組むとき、たとえその全体の方向性の目的が合意されても、進める中で利害や意見の衝突は当然起きます。それぞれの利害や目的がちょっとずつズレるのは当然なので。そうしたときに、全体の目的遂行のために、お互いの信頼があれば、どこか落としどころを探ろうという作業が進めやすくなります。

ただその信頼は何もしなくて最初からあるものではなくて、何かを一緒に進めながらとか、腹割って議論しながらとかでお互いに確かめながら徐々に構築されてくるものです。そういう信頼構築のとっかかりやきっかけになるような安心して炎上できる場を、行政デジタル改革でも作れないかなと思いました。


3.経緯その1:とりあえず飲み会をする(2021年9月〜2022年春頃)

1.2.で書いたようなことを、デジタル庁ができた2021年9月から春頃までいろんな人に話したり、FBやTwitterに書いたりしていました。ただ最初は全然具体的なイメージはなくて、2021年1月~2月頃に一瞬流行っていたClubhouseで江口さんや楠さん、庄司先生、自治体の方たちと夜な夜な自治体DX雑談をしていたことがあり、あのときの空気良かったなーとかは思っていたくらいでした。

コロナの行動制限下だったので大人数がリアルで集まるのは難しく、2021年秋くらいに制限が解除された時期があり、その頃から何人かに呼び掛けて自治体DX飲み会をするようになりました。毎回江口さんとチャットしていると自治体DX飲み会やろうかとタイミングが決まっていったので、勝手に江口会と呼んでいましたが、下戸で全く飲めない自分がなんとなく幹事をやっていました。毎回、基礎自治体都道府県、中央省庁、民間がメンバーに入るといいなと思いながら主に取材で知り合った方たちに声をかけていました。このころ江口会とは何かを書いたメモには「マルチステークホルダー対話、異なる利害関係者が一同に集まって対話する、大きな共有できる目的を置く、共有できる課題は何か、対話によってその課題解決の糸口をつかめるか」と書いてありました(メモ魔なので)。ただの飲み会なんですけど、デッカイギで作りたかった場のモデルのひとつと個人的には思っています。結果的に、この頃の飲み会メンバーや飲み会での話題がデッカイギにだいぶ反映されています。


4.経緯その2:真岡と白浜へ行く(2022年春頃)

4月初め、自治体、デジ庁とか中央省庁、ベンダーやアカデミアや法曹とかがちゃんと情報共有して議論できる場作れないか江口さんに聞いたところ、自治体DX大宴会だ、白浜などセキュリティ温泉シンポジウムみたいなのと提案されました。このころ企画書を何度か書いていて、江口さんに見てもらっていました。

それで5月末に白浜に行ってみたのと、5月中旬には虎の穴の真岡の陣があり、遠藤さんに声をかけていただいたので行ってきましたが、これがよかった。この2つが自分がデッカイギでどういう場を作りたいか考える上でだいぶモデルになりました。

ちらっとそんなことを書いたのがこの記者の眼。

xtech.nikkei.com

あと真岡ではこういうのやりたいと皆さんに話してご意見もらいまして、大変ありがとうございました。

同じくこのころ、千葉さんはじめ自治体の方たちに声をかけて、自治体DX大宴会?で「こういう企画なら聞きたい」という企画案を上げていく会をZoomでやりまして、そこで出てきてメモっていた企画案はデッカイギの企画の元ネタになっていたりします。

4月にはC4IRJのスマートシティのクローズドオフラインイベントがあり、自治体DX大宴会やりたい熱がさらに増しました。取材に誘われて行ってみたところ、コロナ以降初めてだった100名規模リアルイベント参加ということもあり、大変有意義な時間で、対面で情報交換や意見交換をすることと、それによる信頼醸成はオフラインイベントでないと得られないという当たり前のことを確認できたためです。当たり前なんだけどコロナで対面イベントがずっとなかったので忘れていました。

なお、自治体DXのステークホルダーがみんな集まる場をどう作るかで、4月初め、まず自分が会社の仕事としてできないかは一応考えました。自治体IT関連のイベント事業をしている社内のチームとその上長(元上司)に相談しました。今の会社に来る前の前職場では業務外で仲間たちとやりたいとなったことを業務としてやるというのが割とやりやすかったので(担当役員に感謝)それくらいのつもりでいましたが、会社変わるとまあそうはうまくいかないなと。いろいろあり、自分が会社の仕事としてやるのは違うとなりました。ということで、しばらくどう実現するかでいじけ期間がありました。

ただ真岡や白浜が非営利の実行委員会形式で運営されていたこと、会社のような営利事業では真岡や白浜のような場を作るのは難しいかなーと思ったことから、非営利の実行委員会形式が落としどころだと思っていたので、その頃からDGLに事務局をお願いできないか千葉さんと遠藤さんに相談していました。

5.経緯その3:リブートのブレストから実行委員会が稼働する(2022年9月〜)

8月末、自治体システム標準化を見ていて、デジ庁と自治体がどうやったらうまく進むかと江口さんに愚痴っていたところ、温泉WGリブートしようとのことで、一方で、標準化など自治体DXのステークホルダー基礎自治体都道府県、中央省庁、地域ベンダー、クラウドベンダー、国内大手ベンダーなど多岐にわたり、これらみんなが共有できる共通の目的や一緒に目指せる腑に落ちるものが何かわからずもやもやしておりました。

そんなもやもやをツイートしていたところ、楠さんからブレストをやろうとリプをもらい、ようやく背中押してもらった気がして、前述の飲み会で声をかけていたメンバーに声をかけて9月11日、なぜかベトナムフェアをやっていた神奈川県庁の江口さんの部屋に集まりました。結果的にそれがデッカイギのキックオフになりました。

その日はゆるくコンセプトと2023年1月に開催するということ、場所は神奈川県あたり、実行委員会主催、実行委員長は庄司先生、事務局はDGLということと今後のタスクが決まりました。次のMTGでコンセプト、タイトルが決まり、その後毎週定例MTGで準備を進めていきました。企画運営メンバーはゆるく、それぞれで声がけをするなどして10月にかけてゆるゆると増え、何となく実行委員として名前が外に出ても問題ない人たちがサイトに出ている実行委員になっていますが、それ以外にも複数の方たちが、定例参加や色々企画運営携わっていることは申し添えておきたいです。実行委員はじめ企画運営に携わった皆さんは皆ボランティアの有志です。

準備で私が一番やり取り多くお世話になったのは三島さんで、自分ができないことが三島さんができることが多く、一緒に作業していると大変安心感がありました。準備期間実質4ヵ月、色々大変で自分全然足りていないところがたくさんあり、きっと色々ご迷惑おかけしたと思うのですが、なんか楽しかったです。書いてると走馬灯のように色々思い出してきて色々書きたい。。。

6.企画運営で個人的にこだわったところ

・安心して炎上できる場をどう作るか

信頼醸成のためにも心理的安全性確保して情報交換や意見交換できる場作る(かつ可能な範囲で多くの人との情報共有の両立)のは結構こだわって、公務員、民間企業、メディアの入室制限やチャタムハウスルール、撮影・SNS共有ポリシー、報道ルールなどを作るときに結構気を使いました。これらは事前に旅のしおりをつくったり、サイトに掲載して共有したほか、当日のオリエンで周知しました。

www.dekaigi.org

・主催者企画

といいつつ信頼構築のための場といっても人は集まりません。なので、ホールでの主催者企画は、「みんな(=主に基礎自治体職員)が聞きたいと思えるコンテンツ」「主催者として伝えたいこと(公共サービスメッシュとかビヨンド2025とか)」のバランスを気を付けました。特に前者については春のZoomの時のメモや千葉さんや村越さんの意見もとにたたき台をまとめて定例会議でたたいてもらいました。あとどうしてもここでやりたかったけれどなんかすごい調整大変な(主に千葉さんが、千葉さんに大感謝)企画もありましたが、実現して本当によかった。

他も色々あるけどとりあえずこの2つ。

7.雑感

やりたいやりたいってしつこく色んな人たちに言い続けていると、同じこと考えている人たちが見つかって、彼らと一緒にみんなで頭と口と手足を同時に動かしているとなんか実現するんだなということがわかりました。というかみんながすごい。

ぼやき:記者は常に客観的な位置にいないといけないという刷り込みが強くて、会社の仕事外で取材先みなさまとなにかやりたいと思ったときに、これは職業倫理上大丈夫なのか不安もあり、当事者の中にまじることへの引け目や申し訳なさがずっとあります。今回会社業務外の個人の趣味活動(なので作業は夜と週末、年休)と割り切って、いち個人として企画運営をしていましたが(会場でネームホルダーに名刺を入れていなかったのと、オンラインとかでのもともとの知り合いなどで相手から名刺交換求めらる場合を除き、自分から名刺交換しなかったのもそのため)、自分は運営側で記者としての参加ではないといっても会場にいる皆さんは記者としての自分を知っている人もいるので、「メディア不可」のセッションでは別室での役務を自分に割り振ってその部屋には入室しないようにする(あるセッションは諸事情で部屋から出られなくなり部屋内にいましたが)とか、ずっと自分の立ち位置悩みながらやっていました。人工知能学会倫理委員会委員の頃からエマちゃんたちといろいろやるようになって、科学技術社会論の研究者として対象の中に入り込んでいくエマちゃんと一緒にいて、ちょっと外の人間として当事者に交じることへの抵抗感が昔よりは少し軽減しましたが、私は公務員でも事業者でもなく、行政デジタルの当事者でないという引け目や申し訳なさはずっとあります。この中で自分なにもんなんだろうなっていう。やりたいやりたいと言いながら公務員でも事業者でもない自分がやってはいけないのでは引け目があり尻込みしていたのが、自分で手足動かせ(と言われた気がする)と江口さんに蹴飛ばされたおかげで結果的に手足動かさせてもらった気がします。

(準備とか当日運営とか反省点・改善点とか次やりたいこととか、書きたいことは山程ありますが、とりあえず実現の経緯まで。。。)

なお、デッカイギができるまでの自分にとっての経緯を書くことにしたのは、他の実行委員メンバーに、なぜ実行委員やってくれたか、何の解決になると考えたか、どういう課題を抱えていたかをインタビューしてまとめてほしいと江口さんに言われたことが契機です。皆それぞれ抱えている課題やその解決への緒としてのデッカイギの目的がちょっとずつ違うはずで、個人的にもそれらを可視化したいという興味と動機があります。仕事じゃなくて有志でボランタリーでしかも結構やることあって大変でやったことないこと試行錯誤してやるのに、皆どういう動機と期待することがあってやってるのかなと。で、それは達成できたのかなと。

一方で、どう聞くかどう書くか考えていたときに、普段の仕事のように読み手が面白いと思う記事を書くためにどうすればいいかわからなくなりました。デッカイギの企画運営が自分にとって思い入れが強く、(公務員当事者でもないのに)当事者性がとても高いため、普段のように第三者として客観的に俯瞰して書くことはできそうにないなと。煮詰まってにっちもさっちもいかないので、とりあえず自分が経験してきた経緯を記録して、それから考えようと思った次第です。さてとりあえず吐き出したので聞いて書けるかなあ。。。メディアってなんなんだろなあ。。。

2022年振り返り、Trust, but verifyとか行政組織の情報公開とか認知認識領域とか

2022年いろいろあったけれど、総じてTrust, but verifyがいつも頭にありました。

人に話を聞き取材をする記者の仕事をしているとverifyが仕事の一番大事なところなのは当然なのだけど、人に対するtrustの姿勢はその時々でずいぶん変わります。できたらDon't trust, verifyではなくTrust, but verifyがいい、ではどうしたらそうできるかとかでだいぶ頭を悩ませていました。

Trustは何もしなくても存在するものではなく、人間同士の相互作用の中でゼロ(もしくはマイナス)から構築していくもので、自分一人でもできないし、取材先など相手の人間、環境、状況、文脈次第でもあるものなので。

去年12月のKGRIのウェビナーで、クロサカさんがメディア(ジャーナリズム)と民主主義についてのコメントとして挙げたのが「Don't Trust. Verify.(信じるな、検証せよ)」「Trust. But Verify.(信じろ、でも検証せよ)」。この2つのコンセプトが自分の職種とつなげて挙げられたのがちょっと気になってしばらく頭に置いていました。某ブロックチェーン企業の標語として「Don't Trust. Verify.」が挙げられているのは有名で、一方の「Trust. But Verify.」はロシアのことわざからで米ソ核軍縮プロセスで有名になったと松尾先生に教えていただきましたが(松尾先生がブログでも書かれていました)、記者の仕事とひもづいたのはクロサカさんのコメントからでした。

これは松尾先生に教えていただいた米ソ核軍縮でのTrust. But Verify.動画

www.youtube.com

2023年も引き続きもやもやこのへん頭にあるんだろうなー。Trust大事ですよね(オチなし)。

##

各論では取材対象考える上でわりと頭にあることが多かったのが、行政組織の情報公開(透明性)と、認知認識領域の2点です。

特にデジタルは政策立案わりと初期から調達、執行まで政策渉外、ロビー、PA、公共営業など官民連携が重要なので、それらを円滑に進める(アクセル)ためにもガバナンス(アクセルもあるけど特に公平性の観点からのブレーキや監視)のためにも、行政組織の情報公開(透明性)が気になっていました。関連して書いたのは以下とか。

xtech.nikkei.com

xtech.nikkei.com

xtech.nikkei.com

xtech.nikkei.com

xtech.nikkei.com

 

認知認識領域は、もともとビジネス(ネット、広告)ではこの10年以上中心となっていましたが、2022年は2月のロシアのウクライナ侵攻から12月の防衛三文書まで特に安全保障領域で公的にクローズアップされたのが大きいと思っています。まだ記事はあまり書いていないですが(サイバー防衛シンポジウム熱海のレポートくらい?)、2023年は特に注目して見ていければなと頭においています。

##

あと2022年は会社の業務外のもろもろが前職ぶりにいろいろ増えました。その中でもエフォート大きいのが9月からここ数か月夜と週末に作業・MTGしているデッカイギです。

今年もデジタル庁や自治体など、行政デジタル関連を中心に取材・執筆してきましたが、取材するうちに課題が気になるとそれをどう解決できるのかなと(記事を書く以外で)もやもやします。前職まではそういうときにエマちゃんと話してこれやろうあれやろうといろいろやっていましたが、現職に来てからあまり行動できていなかったのが今年はたぶん現職来て初めてじゃないかな、業務外で具体的に進みました。ほんとみなさまには敬意と感謝しかありません。

行政デジタルにしても現実の課題をどう解決していくかというのは、ITの技術だけではなく、法制度、政治とのバランスの中で前へ進みます。デジタルだけでは課題解決になりません。それらはそれらのアクターである様々なステークホルダーが足並みをそろえて課題解決に向かわないと進みません。

一方で、霞が関自治体、事業者などいろいろな方たちに取材させていただく中で、現実の課題解決のために行政デジタルを進めるそのプロセスにおいて、インセンティブがなかったり利害が衝突したりコミュニケーション上の課題があったりと、ステークホルダー同士の関係性の課題が前へ進める壁になっていると感じることが多々ありました。

ちらっとそんなことを書いたのがこの記者の眼。

xtech.nikkei.com

デジタル庁が司令塔となって行政DXを進めるには、各府省庁職員や自治体職員、行政と仕事をする企業の社員など、現場の人たちによる地に足の着いた議論に耳を傾け、議論し、協働していく必要がある。そのために、自治体システム標準化や政府情報システムの刷新など、それぞれの目的に応じて関連するステークホルダーが一堂に集まり、情報共有や議論をする合宿形式の勉強会を開催してはどうだろうか。

と最後に書いたんですが、この記事書いた時点では何も決まってなかったんですが、いろいろあって9月以降に話が具体化して、有志のなかまと年明けにデッカイギをやります(会社の仕事ではなく、業務外)。ほんとみなさますごいなあとこの数か月いつも思って準備をしています。みんな大変尊敬する方たちです。

デッカイギ準備やりながらふと思い出して昔人工知能学会誌に書いた雑文読んでいたら、自分ずっと同じこと考えていることは確認できました。つくりたいのは、昔からエマちゃんとは「安心して炎上できる場」と呼んでいたけれど、心理的安全性確保したうえで、情報共有や議論や信頼醸成ができる場。そういう場で、アクターであるステークホルダーが共有できる目的をもって、課題に向き合っていけば一緒に解決していけるんじゃないかという仮説(と小さいながらもいくつかの成功体験)がずっとあります。

##

今年も取材先みなさまはじめ、関係のみなさまには大変お世話になりまして、ありがとうございました。2023年も相変わらず行政デジタル関連見てまいりますので、引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

2021年振り返り

基本的に会社仕事の取材・執筆に集中していて、それ以外がほとんどできていないのが去年に続き反省点です。会社仕事は上半期は、システム障害やトラブル系の「読まれる」ネタを意識的に拾い、下半期はデジタル庁や自治体など行政デジタル関連、データ、プライバシー関連を主に見ていました。

2021年に取材・執筆した中で思い入れのある記事(特集含む)10本は以下。順番は時系列です。

xtech.nikkei.com

 

xtech.nikkei.com

 

xtech.nikkei.com

 

xtech.nikkei.com

 

xtech.nikkei.com

 

xtech.nikkei.com

 

xtech.nikkei.com

 

xtech.nikkei.com

xtech.nikkei.com

 

xtech.nikkei.com

 

選んでいて、いつも取材させてくださったり相談に乗ってくださったりする取材先や友人皆様の顔が浮かび、彼ら面白い方達に影響されるままに、デジタル庁や自治体はじめとした行政デジタル、個人情報、データガバナンス界隈に引きずり込まれて自分仕事しているなあとありありと実感しました。ありがたい。本年大変お世話になり、本当にありがとうございました。来年も引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

 

デマ対策と報道

 報道機関が、これまでになくデマ対策に力を入れている、ように見える。新型コロナワクチンデマの話だ。

 フェイクニュースもデマもいつの時代もある。ネットが普及し、SNSが浸透するに従い、その影響力は力を増し、特に2016年の米大統領選やブリグジットではその弊害が問題視された。「フィルターバブル」「エコーチェンバー」といった、フェイクニュースやデマのメカニズムに関連する用語も人口に膾炙した。

 一方で、報道機関によるフェイクニュースやデマ対策のための腰は重かった、ように見えた。NPOやアカデミアなど、非営利で非報道機関の声や一部対策は散見されたが、報道機関が積極的にフェイクニュースやデマに対策を打って出ることはあまりなかった。毎日新聞やバズフィードがFIJと協働してファクトチェックをやっていたが、それほど大きな影響があるとは見えなかった。

 一転したのが、新型コロナ禍の状況だ。

 新型コロナ禍から平常化への切り札とされるワクチンだが、接種率が上がらなければ効果は十分ではない。民主主義国家ではワクチン接種が個人の選択に任される以上、打たない人は一定割合で出てくるが、その意思決定がデマによるものであるならば、それは対策の対象となる。

 ワクチン接種が先行した欧米でデマによってワクチン接種をしない人たちが結構いてそのために接種率が十分に上がらない現状がある。

 こうした現状を踏まえて、ワクチン担当の河野太郎大臣ら政府関係者や政府機関が積極的かつ具体的にデマを否定する発言を、各メディアやSNS等で発信するようになった。もちろん、医療従事者をはじめとする個人や非営利活動として、デマを否定する情報発信はずっとあった。

 それらの動きを受けて(それらを報道するという体で)、報道機関が積極的にデマを否定する報道をするようになった。

 昨日は日経朝刊の一面企画、NHKの22時から約1時間の番組で、ワクチンを巡るデマを取り上げた報道があったいずれも、丁寧な取材をはじめとした結構リソースをかけた、力の入った報道だったと思う。(そもそも、フェイクニュースやデマといった複雑でネガティブな内容を報道する際には、力を入れて丁寧に進めざるを得ない)

 少し前から情報摂取を適切にするという話をしている。当初「データジャーナリズム」と言われ違和感があったが、その文脈も含むのだと思う。データジャーナリズムや適切な情報摂取はここ10年以上興味のある分野で、力不足ながら、勉強したり取材記事としてかかわったりしたことはあった。一方で、なかなか大きな流れにならないことにももやもやしていた。ここにきて、流れが明らかに変わったと思う。変わりつつあると思う。コロナ禍とワクチンを巡るデマの問題の大きさを契機に、前へ進めるんじゃないかと考えている。問題は、具体的にどうするか。

 

観察者で当事者

 メディアは観察者でも傍観者でも第三者でもない。そうした面があるかもしれないけれど、時には当事者にもなりうる。メディアと言う集団でさえそう。記者と言う個人はなおさらだ。

 この10年、ずっとそれを考えてきた。それを相談したら、師匠は、2.5人称と言う言葉を使った。記者は、一人称でも三人称でもなく、2.5人称だと。

 今回の五輪は新聞社やテレビ局はスポンサー企業。メディアを運営する企業が当事者であり、観察者であるという状況だ。コロナ感染拡大の中で、テレビも新聞も、五輪報道が急増した。枠が決まっているテレビや新聞は、相対的にコロナ報道が減る。五輪について当事者でもあるメディアが、いま報道すべきコロナについて十分に報道できていたかというと否だ。メディアとしての責務を果たせているかは甚だあやしい。

 五輪に限らない。コロナでも同様だ。ニュースでコロナ対策を呼び掛ける一方で、ノーマスクのバラエティー番組の出演者たちというダブルスタンダード。後者を見る人達は、前者で呼びかけるコロナ対策を素直に実行に移すだろうか。

 一時期はやった?マスゴミ批判という言葉。ものごとはそんなに単純な話ではなく、社会の価値観の変化に報道がついていくこと(現場はそれを感じ取っていても、全体としての価値観が従前と変わっていない)、それに加えて観察者でありながら当事者であるという(従来から実はそうだったが)事実を受け入れながらもそれに向き合って対応していくこと、これはメディアの中の人それぞれが向き合って考えていくこと。

コロナと個別最適、全体最適

 東京は、第5波真っただ中だ。今週から緊急事態宣言は関東地方は東京だけでなく一都三県に拡大された。1日の陽性者数は都内では3000-4000人で推移しているが、陽性率の高さからも、検査能力が律速になっているので実際は数値に現れないほどに拡大しているだろう。

 そのさなかでの東京オリンピックだ。無観客開催だが会場付近の人流は開催前と比べて増えている。それだけでなく、五輪開催中という社会の雰囲気が、人が街に出ることを躊躇なくさせる。

 人との接触が減らない限り、感染拡大は止まらない。ワクチン接種は進むが、ワクチンが銀の弾丸ではないこととは、ワクチン接種が先行した各国をみれば明らかだ。人流に与える4度目の緊急事態宣言の効果はこれまでと比べて最も低い。

 もう少し前、春くらいにワクチン接種が始まると、来年には海外渡航が自由になるくらいには状況は落ち着くという向きもあった。だが、現状を見ていると、それもあやしい。1年後の夏も、まだマスクを付けて我々は生活をしているのかもしれない。

 ポストコロナと言う言葉は、1年以上前から言われていた。混乱は、既得権益を破壊するという期待がある。経済も社会も混乱し、停滞するが、一方でそこで生き延びて形勢逆転をはかるチャンスでもある。だから、コロナ禍のさなかで、その先の勝ちを取りに行く。そうした考えでとにかく動いている人たちは、既得権益側、新興側問わずこの1年たくさん見てきた。とにかく動かなければ勝ちはない。それどころかこれまで非主流だった人達にとっては、形勢逆転のチャンス。でも既得権益側もそれに負けないように、精一杯邪魔をする。取りに行く。そういう、弱肉強食な世界が、水面下では繰り広げられている。

 誰も全体最適には興味がない。自分が勝つこと、個別最適を極限まで進めようとする。だが、個々人が皆個別最適を生真面目に進めると、全体最適には決してならない。

 2016年くらいに白土さんがNatureに出した論文を思い出す。ゲームを題材に、複数のチームからなる集団があり、個々のチームが勝ちに向けてゲームに取り組む中で、勝ち負けに関わらず振る舞うbotを投入すると、集団全体としては強くなるというシミュレーションだ。

 ITは最適化・効率化を進める。個々が活用することで、それぞれが個別最適を極限まで進めることができるといっていい。社会の不調和は、個々が個別最適を極限まで、ぞうきんをしぼってもう一滴も残っていないくらいに、極限まで進めたことの当然の帰結ではないのか。

新聞記事数推移で見る、AIブーム収束化とDXブーム化

去年と今年は人工知能(AI)ブームが落ち着き、デジタルトランスフォーメーション(DX)ブーム感がありますが、新聞記事数の推移で見て見ました。新聞4紙(日経、朝日、毎日、読売)について、「人工知能」「デジタルトランスフォーメーション」でそれぞれ検索してヒットした記事数の年ごとの推移は以下の通り。

f:id:katsue-nagakura:20201231153556p:plain

f:id:katsue-nagakura:20201231153616p:plain


AIの記事本数は順調に減っています。DXは2018年に経産省がDX推進の啓蒙レポートを出して以降、ベンダーやコンサルもPRやレポートを増やし、新聞記事化も増えました。2020年はコロナ禍のいわゆる「デジタル敗戦」を背景にしてさらに煽る向きが強くなったように思います。

AIブームにしてもDXブームにしても、政府に加えベンダー側(AIベンチャー、コンサル含む)が情報発信や煽る向きの主体になる傾向が強くて、ユーザー企業などから出てくる情報や具体的な取り組み、成果事例がまだまだ少ないのが気になります。

2020年振り返りと2021年抱負

1年前に、2020年抱負として
①いろんなたくさんの人と会って話して議論して企画立てて取材して原稿書くというベースの仕事に割くエフォート増やしたい。各論として興味があるのはデータ、プライバシー、メディア
②毎年言っている「定点観測ブイかつ船になる」ということで、本業は編集者・記者ですけど、観察者であるだけでなく当事者の立場からできることはやっていく

書いているんですが、結果的に①は前進して②は後退した1年でした。1勝1敗。

去年(2019年)ずっと言っていたデータやプライバシーの議論をしたいというのが高じて、結果的に今春に今の会社に転職してIT専門媒体で記者しているので、人生何が起こるかわかりません。何が起こるかわからないといえばコロナ禍ですけど。

ただ、去年のように双方向の議論の場づくりをしていた②はなかなかできませんでした。専門媒体とはいえ新聞記者時代ぶりにニュース記者をやっているのに加えて、コロナ禍で人が集まれない状況というのもあり、ウェビナーをいくつか企画運営したくらい。

今年(転職後)に書いた記事で印象に残った記事10本(+1)を。3月以前もAIESとか医療AIセミナーとかいろいろあったんですが、遠い昔のことのよう。。。

 

●行政関連:コロナ禍契機に課題が噴出した領域で、来年も引き続き見ていくテーマ

xtech.nikkei.com

2000個問題は結構前から課題にはなっていたけれど、具体的に弊害になったと顕在化したのはこれが初めてかと。コロナ禍がいろいろあぶりだした一例。転職早々に書いた記事ですが、こういう話を前職では聞いたり議論したりしても書けなかったので、書けてうれしかった。

 

xtech.nikkei.com


たくせんさん大活躍のまき

 

xtech.nikkei.com

xtech.nikkei.com

xtech.nikkei.com

xtech.nikkei.com

 

●システム障害:所属媒体として何を取材して何をどう書くのかいろいろ考えることがありました

xtech.nikkei.com

xtech.nikkei.com

 

量子コンピュータ:せっかく専門媒体にいるので先端技術の話を書きたいなあということで

xtech.nikkei.com

 

xtech.nikkei.com

 

●番外編:取材先にSpotを触っていただいてそれをレポートにするという企画もの。普段ニュースが多いけど、こういう企画ものは今後もやりたいなあと。

xtech.nikkei.com

 

2021年の抱負もやることは同じです。

①いろんなたくさんの人と会って話して議論して企画立てて取材して原稿書く
②定点観測ブイかつ船になる

ただ、②の具体的なカタチがまだ見えていません。これまで(コロナ前)のようなまずは議論の場づくりなのか、もう少しアウトカムを見すえてどう動くのか、考え中です

 

ITやそれに関する情報はもっと、誰でも身近に抵抗なく触れられるようになるといいなあと思っています。例えば、読み書きができないことは、日常生活に不利になります。教育が識字率を押し上げ、人々を平等にすることに寄与しました。同じようにITへの苦手意識、忌避する意識は、日常生活を送るのに不利になり、社会的経済的な足かせになりかねません。それは組織単位、個人単位でも同様です。

前職でも前々職でも、媒体や読者対象は変われどコンテンツ作りの方向はそれでした。でも転職の背景のひとつにもなりました。医療者向け媒体でITの記事は読まれない、本当に読まれない、というのがやってみてわかり、まずは読まれるところから考えていこうということでIT専門媒体に興味を持ちました。

次々と新しい感染症が発生するのはなぜかー「ウイルスは悪者か お侍先生のウイルス学講義」

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に限らず、これまでヒトの間で流行していなかった新しいウイルス感染症の流行は、しばしば発生しています。その多くは、ヒト以外の動物のウイルスが変異してヒトの間での流行を引き起こす人獣共通感染症。ではなぜ次々と新しい感染症が発生するのか?「ウイルスは悪者か お侍先生のウイルス学講義」は、そんなウイルスの生態から、ウイルス研究者の生態まで描く。COVID-19の感染拡大に伴い、世間のウイルスへの関心が増しているのか、3版まで増刷されていました。

ウイルスは悪者か―お侍先生のウイルス学講義

ウイルスは悪者か―お侍先生のウイルス学講義

 

 著者の髙田礼人先生は、北海道大学人獣共通感染症リサーチセンター教授で、エボラウイルスやインフルエンザウイルスの研究者として有名です。この本は髙田先生と北大獣医学部微生物学教室のウイルス研究ノンフィクションとしても大変おもしろいですが、ウイルス学や先生のご研究についてわかりやすく紹介されています(多分こっちがメイン)。

なぜ次々と新しい感染症が発生するのか

そもそも人類の歴史は感染症(疫病)の歴史そのものというくらい、人と感染症は切っても切れない関係ですが、1928年にフレミングが世界最初の抗生物質であるペニシリンを発見し、その後抗生物質が普及することで、多くの細菌性感染症がコントロールできるようになっていきました(耐性菌の問題はでてきたにしろ)。また、ワクチンの普及もあり、WHOは1980年には天然痘撲滅を宣言するなど、人類は感染症との戦いに勝利したとも言われたこともあったそうです(って昔微生物の授業で習った)。ところが、1981年にエイズ患者が初めて発生し1983年にその病原体であるヒト免疫不全ウイルス(HIV)が分離。他にも次々と新興感染症が発見され、新興・再興感染症が重要視されるようになりました。

中でも、1997年のH5N1鳥インフルエンザ感染症、2003年の重症急性呼吸器症候群SARS)、2009年の新型インフルエンザ(H1N1)、2012年の中東呼吸器症候群(MERS)などは大きな話題になりましたが、新興感染症の発生自体は毎年のように世界各地のどこかで起きています。

これらの新興感染症の多くは、すべてヒト以外の動物にもともと感染していたウイルスが、ヒトへの感染性と病原性を獲得して、ヒトの間で流行が広がっていった人獣共通感染症であるというのが特徴です。

ウイルスは動物などの宿主に感染してその宿主の細胞のメカニズムを利用して増殖しますが、一般に宿主特異性が高く、本来の宿主以外には感染しません。ところが新興感染症の多くでは、もともと他の動物を宿主として感染するウイルスが、変異をして(ウイルスは単純なゲノムを持っているので常に変異をしているというくらいに容易に変異をする)たまたま人間に感染しやすくなりヒトの間で流行が広がっていくというのが一般的な見方です。特定の生物を宿主とするウイルスが、他の生物に感染していく流れを髙田先生は以下のように分類しています。新興感染症として問題になるのは、このうちの(b-1)です。

(a) レセプターを含むさまざまな宿主因子の形状が適合せず、その生物に感染できない。

(b) 偶然にもレセプターや宿主因子の形状が適合し、感染に成功。

 (b-1) しかし、宿主生物の免疫システムとの折り合いがつかなかったり、ウイルスの増殖能力を調節できなかったりで、ときに死に至る重い病気を引き起こす。

 (b-2) 感染したうえで、宿主生物にそれほど重い病気を引き起こさない。

では、どうしてこのような人獣共通感染症の発生がヒトの間で次々と起きているのでしょうか。髙田先生はこの本で、その理由として以下のように「開発によって野生動物と人間社会との接触が増えた」「ウイルス検出技術の発展と簡便化・情報通信技術の発達と普及」「人間社会のボーダーレス化とグローバル化の3点をあげています。

 これら新興感染症たる人獣共通感染症が、開発途上国と呼ばれる地域で多発しているのは偶然ではないだろう。近年の急激な開発により、これら病原体の自然宿主たる野生動物の生態や行動圏が撹乱されている。それにより、それまでは大きく隔てられていた野生動物と人間社会との接触が増え、偶発的な感染が起こるようになった。そのなかに、ヒトに対して高い病原性や致死性を示す病原体が存在し、それが人間の脅威となっているのだ。
 また、新興・再興感染症が近年とみに報告されるようになった要因として、ここ数十年でのウイルス検出技術の格段の発展と簡便化、さらには情報通信技術の発達と普及も指摘しておきたい。同じ病気が従来からも起きていたが、その情報が世界に広く伝えられることもなく、検出技術もなかったために、ただ発見されていなかっただけという可能性も十分にありえる。
 新興・再興感染症の脅威が高まっているもうひとつの背景には、人間社会のボーダーレス化とグローバル化の進展が挙げられる。
 大勢の人や物が国境を超えて行き交うようになり、旅行者やビジネス・研究での国境を跨いだ移動、食肉や飼料、野生動物やペットの輸出入は増える一方である。感染ルートは多様化し、水際での対策が難しくなっている。発症前の潜伏期間中や、感染しても病気を発症しない「不顕性感染」の場合、感染者や感染動物が大勢の人や動物が集まる場所に行くと、そこで一気に感染が広まる恐れがある。

 

ウイルス研究者の生態を記すノンフィクション

この本は、ウイルス研究者である髙田先生とその出身の北大獣医学部微生物学教室の先生方の生態を描くノンフィクションとしても大変おもしろいです。

例えば、1997年のH5N1鳥インフルエンザ感染症アウトブレイクが香港で起きたときに、上司の喜田宏先生から派遣されてウイルス採取と調査のために香港へ行くくだり。行きの新千歳空港では注射針や注射器500本を手荷物で持ち込もうとして保安検査で引っかかり、ライブバードマーケットでのサンプル採取では感染予防の秘策として自分で作った当然未承認のH5ワクチン(経鼻ワクチン)を接種してのぞみ、帰りの新千歳空港では麻薬密売人に間違えられカメラケースを疑われる。

髙田先生は獣医学部の大先輩で、私が学部生の頃に人獣センターに教授として着任されましたが、講義などで関わりはなく、ジンパで樽ビールを要望される先生というイメージしかありませんでしたが、記者になってから取材でお伺いしたエボラウイルスの治療薬開発の話は大変おもしろかったです(この本の中にも出ています)。

 

 

日本での「スペイン風邪」流行の詳細な記録「流行性感冒」(1922年刊)がおもしろかった

19181〜20年のいわゆるスペイン風邪の流行について、内務省衛生局(当時)が1922年にまとめた報告書「流行性感冒」がめちゃおもしろかったです。役所の報告書と思えない科学的で謙虚な態度の記述と詳細なデータ。100年前の文体だけど読みやすいのは、数値を含む事実関係の情報が整理されているのと、データや論文引用に裏付けされた記載と科学的な視点があるからかと。明日まで無料公開中なのでぜひ。

www.heibonsha.co.jp

スペイン風邪は今ではインフルエンザウイルスによるパンデミックですが、当時は病原体不明。死亡原因の多くは細菌性であり、病原体はウイルス(細菌より小さい穴で濾過しても病原性あるので「濾過性病原体」として知られていた)の可能性を排除しないながらも、細菌が候補に上がっています。病原や病理についての記述がある第六章の緒言である以下の記述はまじでかっこいい。これが役所の報告書って。

「インフルエンザ」の病原問題は猶ほ未解決なり。(中略)一度信ぜられ、二度疑はれたるプアイフエル氏菌が今後如何なる地位を得べきかは今後興味ある学術上の問題なり。但し学術には常に進歩あり。今日諸学者の主張する学説は必ず後来完成の基礎たる可きは疑を容れず。姑く結論を急がず、学会の梗概を録せんと欲す。

一方で、病原体が何かわからない中で、「1CCあたりインフルエンザ菌(←インフルエンザウイルスとは異なる)5億個」などを抗原として注射する予防接種も1918年から実施され、当時の人口5600万人中500万人以上がこうした予防接種を受けたとの記述もあります。治験とか承認とかふっとばして雑な時代。

日本のスペイン風邪死者数は3回の流行で計38万5千人とされますが、関東大震災(死者・行方不明者約14万人)や第一次世界大戦などと比べて、日本史の中でのインパクトはそれほど大きくありません。1918年の死亡数は、流行性感冒(インフルエンザ)が6万9824人、肺結核が9万9215人(ちなみに人口動態統計では2018年の死亡数はインフルエンザが3323人、結核が2204人)。ペニシリンなど抗生物質、予防接種が普及する前は、感染症で死ぬことは日常だったために、スペイン風邪インパクトもそれほどなかったのだと思います。

COVID-19治療薬候補まとめ:米国はクロロキン、ヒドロキシクロロキン、日本はファビピラビルに注目

先週末、日本感染症学会が開催した第94回日本感染症学会学術講演会をオンラインで聴講していたんですが、治療薬候補の現状が興味深く、少し調べたらJAMAが4月24日に出したレビューPharmacologic Treatments for Coronavirus Disease 2019 (COVID-19)に米国の状況もまとまっていたので、お勉強がてらCOVID-19治療薬候補を以下でまとめます。

現時点ではCOVID-19治療薬はありません。一方で、既に他の疾患の治療薬として承認されている薬に効果が見られることを期待し、複数の薬が治療薬候補として、人道的投与または臨床研究、臨床試験などの形で投与されています。

米国では3月28日にFDAが抗マラリア薬のクロロキンとヒドロキシクロロキンを適用拡大としてCOVID-19治療に緊急使用許可を出していますが、副作用が強く、4月24日には副作用への注意喚起を発表しています。日本国内ではCOVID-19治療薬として承認されたものはありません。ファビピラビル(アビガン)は日本で開発されたものということもあり、国内の報道ではよく話題になります。

以下は日本感染症学会の聴講メモ(↓から続くスレッドでメモとっていた)と、JAMAのPharmacologic Treatments for Coronavirus Disease 2019 (COVID-19)「COVID-19 に対する抗ウイルス薬による治療の考え方 第 1 版 (2020年2月26日)」(日本感染症学会)を参考にしています。JAMAのレビューはSARS-CoV-2ライフサイクルと治療薬候補の作用機序を示したFigureが大変わかりやすく、これを見るだけで治療薬開発のストラテジーがだいたい理解できます。便利。(臨床研究結果とかは調べればペーパー出てくると思いますがめんどくさいしどんどん出てくるので省略)

なお薬の記載順は主に感染症学会での川名先生と土井先生の講演を元にしていますが、JAMAのレビューではクロロキンとヒドロキシクロロキンが最初に出てくるとか、違いがあるのも興味深いです。米国では4月2日時点でCOVID-19関連の診療試験は291本走っているとのこと。

ロピナビル・リトナビル

  • 商品名:カレトラ
  • HIV-1に対するプロテアーゼ阻害剤。15年前頃に抗HIV薬として広く使われ、当時発生したSARS治療に使われた
  • 臨床研究・臨床試験・治験:中等症〜重度を対象の無作為試験の報告では有意差なし(中国)

ファビピラビル

  • 商品名:アビガン(富士フイルム富山化学
  • 抗インフルエンザ薬(新型又は再興型インフルエンザウイルス感染症)として承認。RNA依存性RNAポリメラーゼ阻害薬
  • 安全面では、催奇形性、高尿酸血症、肝機能障害
  • 臨床研究・臨床試験・治験:
    • 中国から2本あり。ロピナビル・リトナビルとの非無作為割付試験(80名)→有意に早期にウイルス陰性化、CT有意に改善→論文一時撤回後に再掲載(理由未提示)。もう1本も中国からプレプリント。ウミフェノビルとの無作為割付(240名)→臨床的改善は有意差なし、発熱と咳は有意に改善。
    • 国内では臨床試験進行中で有効性示されていないが、観察研究進行中。全国200施設参加。オンラインサーベイ。中等症(酸素投与あり)以上の人に使われている。観察研究では投与患者の属性や予後俯瞰できる点で有用だが、非投与患者との比較行えないこと、他薬剤との併用多いため有効性評価は難しい。
    • 国立国際医療研究センターでのファビピラビル特定臨床研究う(3/2〜)は軽症例でも鼻咽頭咽頭のウイルス量は多いためファビピラビル投与でウイルス量減らせるか調べるのが主目的。陽性社の通常投与群(43例)、遅延投与群(43例)のRCT。進捗今のところは半分くらい。

シクレソニド

  • 商品名:オルベスコ(帝人ファーマ)
  • 気管支喘息の治療薬(吸入ステロイド薬)。抗ウイルス作用と抗炎症作用を兼ね持つ可能性。森島研究班、国立感染症研究所 松山州徳ら。
  • 臨床研究・臨床試験・治験:感染症学会症例報告中間報告では全国24施設85症例。国際医療研究センターで特定臨床研究進行中。

ナファモスタット、カモスタット

  • 商品名:フサン(日医工)、フオイパン(小野薬品)
  • 膵炎治療薬。
  • 臨床研究・臨床試験・治験:東大医科研でvitro→臨床試験

レムデジビル

  • 国内承認なし
  • エボラ出血熱治療薬として開発。RNA依存性RNAポリメラーゼ阻害薬
  • 臨床研究・臨床試験・治験:国際共同治験。大曲先生ら。中等症以上患者53人(うち34人人工呼吸管理、ECMO)の人道的投与で68%酸素化改善、13%死亡。全世界対象の前向きランダム化試験3本進行中
  • 中国・武漢、米国で試用。

クロロキン、ヒドロキシクロロキン

  • 商品名:プラケニル
  • マラリア
  • 臨床研究・臨床試験・治験:
    • 論文は中国から1本、患者30名で無作為→有意差なし。
    • 米国などで100以上の前向きランダム化試験進行中
  • 副作用:眼障害などあり。
  • 米国:FDAがCOVID-19への適用拡大を承認するも、副作用について警告。米国では第一選択薬として投与。投与量難しく副作用で死亡例あり。

その他

トシリズマブ(アクテムラ)、メチルプレドニゾロンなど

治療薬はどうなるのか

先日の感染症学会の講演では、以下の森島先生のコメントが印象的でした。

新型コロナウイルス、抗体検査はなんのため?

新型コロナウイルスSARS-CoV-2)に感染したことがあるかどうかを調べる抗体検査が増えている。

ニューヨーク州知事のクオモ氏は23日、州政府が実施した抗体検査の予備調査結果を発表した。調査は2日間に渡って州内の食料品店などで3000人を対象に実施、予備的な結果では全体の陽性率は13.9%。

加藤勝信厚生労働相は24日の閣議後会見で、抗体検査の検査キットの性能を確認する調査を開始したと明らかにした。複数の検査キットを使い日本赤十字社献血者を対象に実施するという。日赤からは22日に「「新型コロナウイルスの抗体検査キットの評価に関する研究」への参加協力のお願い」とした告知が出ている。

なお、国立感染症研究所では迅速簡易検出法(イムノクロマト法)によるSARS-CoV-2抗体の評価の調査結果を4月1日に公表している。37症例87検体を用いて発症日日数ごとに抗体陽性率を調査したもので、その結果は以下の通り。

発症6日後までのCOVID-19患者血清ではウイルス特異的抗体の検出は困難であり、発症1週間後の血清でも検出率は2割程度にとどまることが明らかになった。また、抗体陽性率は経時的に上昇していき、発症13日以降になると、殆どの患者で血清中のIgG抗体は陽性となった。一方、IgM抗体の検出率が低く、IgG抗体のみ陽性となる症例が多いことから、当該キットを用いたCOVID-19の血清学的診断には発症6日後までの血清と発症13日以降の血清のペア血清による評価が必要と考えられた。さらに、1症例ではあるが、非特異反応を否定できないIgG抗体の陽性がみられたことから、結果の解釈には、複数の検査結果、臨床症状を総合的に判断した慎重な検討が必要である。

まず、感染初期と後期のペア血清による評価が必要(ペア血清による評価自体は抗体検査では一般的)であることから、治療中の患者には現実的には役に立たないだろう(治療方針にあまり関与しないその後の確定診断や疫学的研究には有用)。また、偽陽性を否定できないことから、抗体検査だけですでに感染し抗体を保有していると結論付けるのは尚早だ。

また、抗体検出の検査キットの性能予備的検討は日本感染症学会も実施しており、4月17日付けで報告されている。4社の市販の検査キットについてそれぞれ患者10名の血漿/全血を用いて評価したもので、「診断キットの性能は、キット間の差が大きい可能性がある」「現時点において、抗新型コロナウイルス抗体検出キットを当該ウイルス感染症の診断に活用することは推奨できず、疫学調査等への活用方法が示唆されるものの、今後さらに詳細な検討が必要」とまとめている。

日赤の研究でも、複数の方法をいくつか試してみて、最適なものをこれから探していくということなのだと思う。ただ患者ではなく献血者を対象とするというのはこれいかに。

抗体検査とはなにか

そもそもなんのために抗体検査をするのか。

一般に、血中のウイルス抗体価の測定は、診断・治療のほか、疫学的研究に有用だ。ただ、一般的に、ウイルスに感染したとき、患者は発症時よりも回復時に血清中の抗体が上昇することが多い。そのため感染初期と回復時期の血清をとり(ペア血清)、回復期の抗体が上昇していたときそのウイルスに感染したと診断する。ペア血清を用いた診断は治療中の患者には役に立たないが、確定診断や疫学的研究に有用。また特定のウイルスに対する有意の抗体価が認められればペア血清がなくてもそのウイルスに感染していると診断する(参考文献1)。

抗体検査の限界

抗体検査の目的は直近では2点考えられるだろう。一点は、治療のための診断。日本感染症学会が4月2日に公開した「新型コロナウイルス感染症に対する臨床対応の考え方」では、「イムノクロマト法による抗体検査は発症から2週間以上経過し、上気道でのウイルス量が低下しPCR法による検査の感度が不十分であることが想定される症例に対する補助的な検査として用いることが望ましい」としている。

あと当然ながら、COVID-19に特異的な治療薬は現時点ではないため、検査で診断されたとしても、対症療法が中心となる。

(患者の治療につなげることを検査の目的とするなら、特異的な治療薬がないまま且つ今後COVID-19が風土病として季節性の風邪のように定着していく経路をたどることを考慮すると、今後いつまでも診断にPCR検査や抗体検査が必要か?というそもそもから今後考えていく必要があると思っている)

もう一点は、疫学目的だ。今後、多くの人類がSARS-CoV-2の抗体を獲得し、COVID-19は通常のコロナウイルス感染症と同様に季節性の風邪のように定着していくと見られていく。そうした流れをモニタリングする上で、疫学目的の抗体検査は重要で現実的だ。

なお、仮に今後ワクチンができるとすると(できるとしても当分先になりそうだが。「SARS-CoV-2ワクチン接種には、臨床試験開始から18〜24ヶ月はかかる」参照)、予防接種対象者の絞り込みのため、抗体陽性の人は予防接種の対象から外すという運用もあり得るだろう。類似ケースでは数年前に風疹が流行したときは、ワクチン不足の懸念から自治体によっては最初に抗体検査を受けて陰性の人のみ予防接種をするという運用がなされていた(私は子供の頃に接種したか不明の年代だったので予防接種をしようと医療機関へ行ったところ抗体検査を受けて陽性だったので予防接種はしなくてすんだ)。

抗体陽性になった人から社会経済活動を再開するという事を言う人もいるが、そうした目的の抗体検査はナンセンスだと思う。抗体検査によって抗体が検出されたとしても、もう感染しない、他の人に感染させない、というわけではないからだ。再感染は起こりうるし、感染しても発症していなければ気づかず他の人に感染させる可能性もある。

抗体検査は目的によっては有用だし、良い検査手法を探索して見つかればすぐにでも始めるべきだろう。ただし、完璧な検査や調査はありえないし、出てきた数字だけではなく、必ず解釈が必要になる。今後研究としてであっても抗体検査を実施していく上では、目的の明確化とその一般の人への共有、結果の解釈の共有は必須だろう。

参考文献

1.「標準微生物学」(医学書院):学生時代使っていた教科書で、私が持っている版は古いですが、良い本です。

SARS-CoV-2ワクチン接種には、臨床試験開始から18〜24ヶ月はかかる

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)予防に向けたワクチンの臨床試験開始が相次いでいる。英オックスフォード大学は21日、今週中に臨床試験での接種を開始すると発表した。他にも米国、中国でワクチンの臨床試験が始まっている。オックスフォード大学のワクチンは、アデノウイルスベクターとしたワクチン。第1相と第2相の臨床試験終了は21年5月を予定している。その後第3相に移行する。

学生時代にウイルス学をちょっとかじったので、ワクチン開発はめちゃ時間がかかるし且つ計画どおりにうまくいかないのは当然だと思っていたんですが、1年くらいですぐにできると思っている人もいるようで、そんなわけないよなあと思っていたところ、CELLの姉妹誌Immunityに大変わかりやすいレポートを見つけ、抄訳したので載せておきます。抄訳はワクチンへの言及部分だけで、構成は適当にいじっているのと中見出しも適当に付けました。このレポートは4/6掲載で、以下から読めます。Table1にはワクチン開発一覧があり、結構便利です。読みやすいしレビューとしてまとまっているのでぜひ原文でどうぞ。

SARS-CoV-2 Vaccines: Status Report

ワクチンのターゲット

SARS-CoV-2の塩基配列は早期に特定されており、過去のSARS-CoV-1、MERS-CoVワクチンの研究から、ワクチンのターゲットはウイルス表面のSタンパク質となることが知られている。ウイルスのSタンパク質は、細胞表面のACE2受容体と相互作用するが、抗体がこの結合を阻害しウイルスを中和する(なお、Sタンパク質は三量体で、中和抗体の主なターゲットはそのうちの一つの受容体結合ドメイン)。

SARS-CoV-1とMERS-CoVのワクチン開発

SARS-CoV-1ワクチンは、Sタンパク質をターゲットとしたワクチンがいくつか開発され、動物モデルで実験されている。ワクチンの種類は、Sタンパク質の組み換えワクチン、弱毒化・不活化ワクチン、ベクターワクチンがある。ウイルス感染を伴うワクチン接種の実験では、マウスモデルで肺損傷、好酸球浸潤、フェレットで肝障害などの合併症などが報告されているが、多くの場合、ワクチン接種をした動物ではワクチン非接種の動物と比較して生存率の向上、ウイルス力価の低下、罹患率の低下が見られた。なお、MERS-CoVワクチンでも同様の報告がある。

SARS-CoV-1ワクチンはいくつか開発途上だが、最もフェーズが進んでいるのは第1相臨床試験であり、現在利用できるものはない。第1相では、不活化ウイルスワクチン、Sタンパク質スパイクベースのDNAワクチンの安全性と中和抗体の誘導が確認された。

SARS-CoV-1に対して単離された中和モノクローナル抗体は、SARS-CoV-2の受容体結合ドメインと交差反応するため、SARS-CoV-1ワクチンがSARS-CoV-2に対して交差防御する可能性がある。

MERS-CoVワクチンは前臨床と臨床開発段階にある。改変ワクシニア・アンカラMVAベクターアデノウイルスベクター、DNAワクチンベースのワクチンが開発中だ。ただし、MERS-CoVワクチンはSARS-CoV-2に対する交差中和抗体を誘導することはほとんどない。

再感染とSARS-CoV-2ワクチンの意義付け

一般に、ヒトコロナウイルス感染では常に抗体を誘導し続けるわけではなく、長期間経ってから同じウイルスに再感染することがある。SARS-CoV-1、MERS-CoVでは、感染者の抗体価が2〜3年後に低下していることが報告されている。

短期的な再感染は起こらないと見られているが(SARS-CoV-2では回復後の再感染の報告もあるが、検査が偽陰性であった可能性がある)、上記の理由から、数ヶ月から数年経ち体液性免疫の効果が減退すると、再感染が起こる可能性はある。そこで、SARS-CoV-2ワクチンを接種することで(血中抗体価を上げる、または維持し)、SARS-CoV-2が通常のどこにでもいるウイルスとなり季節性の流行に落ち着くような状況にすることができるだろう。

高齢者とワクチン接種

SARS-CoV-2感染は50歳以上で最も深刻な症状を引き起こすため、ワクチン開発では高齢者への効果が重要となる。ただ一般に、加齢による免疫機能の低下のため、高齢者のワクチン接種への反応は若年者と比べて良くない。そこで、例えばインフルエンザワクチンでは、高齢者向けに多くの抗原やアジュバントを含むことで効果を増強している。

この問題は、SARS-CoV-2でも同様に起こりうる可能性がある。ただし、高齢者のワクチン接種が効果的でない場合も、若年者のワクチン接種によってウイルスの感染拡大を止めることができれば、間接的にメリットとなる。

開発中のSARS-CoV-2ワクチンのパイプライン

利用可能なワクチン開発には何年もかかる可能性がある。安全性、大量生産の技術開発に加え、コロナウイルスワクチンは市場にないため、ワクチンの大規模な製造ラインもまだないため、これらの構築も必要となる。CEPI(Coalition for Epidemic Preparedness Innovations, 感染症流行対策イノベーション連合:世界連携でワクチン開発を推進するうために2017年1月ダボス会議において発足した官民連携パートナーシップ)は開発する企業・団体に資金提供をしているが、これらの企業・団体は規制当局の認可を得るだけの治験に必要なワクチン製造能力などをまだ持っていない。

Modernaと米国立衛生研究所(NIH)ワクチン研究センターが共同開発したリポナノ粒子のカプセルにmRNAを入れたものを接種し、ターゲットの抗原を生体内でワクチンとして発現するmRNAベースのワクチンは現在最も開発が進んでおり、最近臨床試験を開始した(ClinicalTrials.gov:NCT04283461)。

Curevacも同様のワクチン開発に取り組んでいるが、現状は前臨床段階だ。前臨床段階では、ほかに、Sタンパク質をターゲットとする組み換えタンパク質ベースのワクチン(ExpresS2ion, iBio, Novavax, Baylor College of Medicine, University of Queensland, and Sichuan Clover Biopharmaceuticals)、Sタンパク質をターゲットとするウイルスベクターベースのワクチン(Vaxart, Geovax, University of Oxford, and Cansino Biologics)、Sタンパク質をターゲットとするDNAワクチン(Inovio and Applied DNA Sciences)、弱毒生ワクチン(Codagenix with the Serum Institute of India)、不活化ワクチンがある。

これらはどれも長所と短所があり、どれが良いか予測はできない。ジョンソンアンドジョンソンとサノフィは最近SARS-CoV-2開発に参入した。ジョンソンアンドジョンソンはこれまでに認可されたワクチンがない実験的なアデノウイルスベクターベースのワクチンを開発中だが、サノフィは既に承認済みの組み換えインフルエンザウイルスワクチンで利用されているのと同じプロセスで開発している。

ワクチン開発にはなぜ時間がかるのかーワクチン開発の問題

現状承認されているコロナウイルスワクチンは存在しない上、現状開発中のワクチンで使われている技術(生産プラットフォーム、ベクターなど)は新しい技術で、安全性を徹底的にテストする必要がある。

ワクチンのターゲットであるSタンパク質は特定されているが、ワクチン開発には、臨床試験の前に、適切な動物モデルで試験し、さらにワクチンの防御効果があるかどうかを確認する必要がある。

ただ、SARS-CoV-2の動物モデルはまだ開発されておらず、この開発が難しい可能性がある。SARS-CoV-2は野生型マウスでは増殖せず、ヒトACE2を発現するトランスジェニック動物で軽度の症状を誘発するのみだ。他に動物モデルとしては、フェレットやNHP(非ヒト霊長類)が考えられる。

ヒトの症状を再現する適切な動物モデルがない場合でも、ワクチン接種された動物の血清のin vitro中和アッセイで試験することでワクチンを評価することも可能だ。この場合は、ウイルス接種後の安全性データを収集し、SARS-CoV-1ワクチンやMERS-CoVワクチンの研究で見られた合併症を評価する必要もある。

さらに、ワクチンの安全性のみを動物実験で確認する必要がある(この場合ウイルス感染実験は必要ない)。この試験では、GLPに準拠した方法で実施する必要があり、通常完了までに3〜6ヶ月かかる。ただし、ワクチンのプラットフォームによっては、同じ製造プロセスで作られた類似のワクチンについて既に十分なデータが有る場合は、安全性試験の一部が省略可能な場合もある。

一般に、ワクチンは品質と安全性を一定に保つために、適性製造基準(cGMP)に準拠したプロセスで製造されている。これには専用設備、訓練を受けたスタッフ、適切なドキュメント、原材料が必要だ。これらのプロセスは、SARS-CoV-2ワクチンに適合するように設計する必要がある。前臨床段階でのワクチン候補では、これらのプロセスは存在しないため、ゼロから開発する。

十分な前臨床試験で結果が出ると、cGMP品質のワクチンを作成し、これを用いて臨床試験を開始する。一般に、ワクチンの臨床試験は、ヒトでの安全性を評価する小規模な第1相試験から始まる。これに続いて第2相試験で有効性を示すための処方と用量を確立する。最後に第3相試験を行い有効性と安全性をより大規模に実証する。ただし、現状のような特殊な状況下ではこの一般的なスキームが短縮され、規制当局による承認経路を早められる可能性もある。

ワクチン開発にはなぜ時間がかるのかーワクチン製造能力・分配・投与の問題

もう一つの問題は、十分な量のcGMP品質のワクチンを生産するための製造能力の問題だ。不活化ワクチンや弱毒生ワクチンのように、現状製造されているワクチンでは既存の設備を使えるため、比較的容易に可能となる。一方で、mRNAなどの新しい技術に基づくワクチンの場合、ワクチン量産のための製造インフラをゼロから構築する必要があり、そこに時間がかかる。

医療関係者やハイリスク層などワクチン接種対象者を絞ることもありうるが、目標は、世界中の人々がワクチンを利用できるようにすることだ。ただこれは難しいだろう。

最後に、ワクチンの配布と投与に時間がかかる。人口の大部分に接種するには数週間はかかるだろう。現在SARS-CoV-2にナイーブ(未感染で抗体を持たない状態)だとすると、ワクチンの複数回投与が必要になる可能性が非常に高い。この場合、通常3〜4週間間隔で2回接種し、ワクチン接種後1〜2週間で防御免疫がつけられる。

いくつかのステップが短縮されたとしても、臨床試験の開始後6ヶ月より早くワクチンが入手可能になることはまずありえない。現実的にはSARS-CoV-2ワクチンはさらに12〜18ヶ月間かかるだろう。